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「歴女の涙」・・・不思議な話。家紋がもたらす波紋。


「あ。これ、僕の家の紋だ」

亮君(仮名)が『関ケ原合戦図』という屏風を指さして言った時、
美弥(仮名)は全てを理解した。

初めて歴史好きの彼氏が出来た時は、すごく嬉しかった。
推しの武将について語り合う時間は本当に輝いているように思えたのに
最近は、一緒にいても全然楽しくない。

歴史の話をしている限り楽しいのだけど、
ふと会話が途切れた時に、落ち着かないというか、
ここに居てはいけないような気持が湧き上がってくる。
亮君は楽しそうだけど、美弥はすごく冷たい空気を感じる瞬間がある。

『どうしてだろう・・・』

ずっと考えていた疑問の答えが、この屏風の中にあったのだ。


「美弥ちゃん家のはある?」

亮君の質問に私はすぐに答えられなかった。
少し考えてから、結局誤魔化す事にした。

「う~ん。分かんない。今度親に聞いてみる」

「そうかぁ。でもほとんどの家にはある筈だからさ。
僕のはさ、あんまり一般的じゃない植物で・・・」

家紋の解説を続ける亮の声は、美弥の耳には入ってこなかった。

歴女が、自分の家の紋を知らない筈はないじゃない。
勿論知ってるわよ。でも言えないって事はどういうことか分からないの?
胸の内に黒い狼煙のような嫌悪感が湧き合っていた。

「ねえ。聞いてる?」

心配して腕に触れてきた亮の手を、美弥は払いのけた。

「無礼者!」

「え? どうしたの、美弥ちゃん」

「あ。御免。気持ちが戦国時代に飛んでたみたい。ハハハ」

「驚いた~。歴女が過ぎるよ。あ、あっちには鎧も飾ってあるよ」

その後美弥は、不思議な事にどの展示を見ても涙が出てきた。
なぜか、頭の中に合戦の映像が浮かんでくるのだ。

関ケ原の合戦。槍を掲げて美弥に突進してくる侍。
美弥は、その槍に突かれて馬上から転げ落ちる。
とどめの一撃を指してきた侍ののぼりには
亮君の家の紋が染め抜かれていた。

つまり、亮君は東軍、そして美弥の家は、
なんと西軍の武将が掲げる家紋だった。

東軍と西軍が付き合っても上手くいく筈がない。
一緒にいて不満が募るのは、先祖の影響なのだ、きっと。

ねえ。どうすれば良いと思う?

  ×  ×  ×

この悩みは、数年前、女友達が深刻な顔をして訴えてきたものです。

なんだか、新手のノロケなんじゃないかと、深読みしたくなるような話ですが、私は一応相談に乗ってみました。

「そうだな。君は歴女だからそんなに悩むんだろう。
だったら、考えられる選択肢は二つだ。
ひとつは、歴女としてご先祖様の思いを大切にして、
西軍の子孫である彼氏と別れる。
もう一つは、家紋へのこだわりを捨てて、今の彼氏を取る。
このどちらかだね。
あ、この後者の場合は、歴女であることも捨てる事になるかもね。
家紋に込められた歴史の重みを捨て去るんだから」

「え~。それは絶対できない」

散々悩んだ挙句、彼女は、歴女でいる事を選んだのです。

その後のアドバイスとして、私は彼女に伝えました。

「今後は家紋を聞いてから、付き合うかどうか決めた方がいいんじゃないか?」

美弥は素直に頷き、今でも付き合い始める前には必ず
相手の家紋を尋ねるそうです。

さて、これは都市伝説レベルの話ですが、実は私の周りには多くあります。
仲の良い友人は、関ケ原合戦図で東軍の隣同士の家紋で描かれているし、
西軍の家紋の友達とはなぜか、諍いが多い。一緒に仕事をしても
たいがいうまく行かない。

皆さんも、ご自身の家紋と友人や恋人の家紋を調べてみると
何かが見えてくるかもしれませんよ。


       おわり




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夢乃玉堂
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