R怪談「ドローン」・・・怪談。手軽な空撮のはずが、奇妙なモノが・・・。
『ドローン』
手軽に空撮が出来るドローンには、マイクが無い。
プロペラの音がうるさくて、良い音が録れない、というのが一般的な理由だが、本当にそれだけだろうか。
「ねえ監督。明日の海岸のシーン、主人公が空に向かって叫んだら、
海岸線が俯瞰で全部見えるまで、ぐぐぐ~っと飛んでいくってどうスか」
主役の岡崎陸が我儘を言い出し、ロケバスの中に重い空気が流れた。
隣の席に座っている監督の三浦が露骨に嫌な顔をする。
「でもね。岡ちゃん。ドローンを飛ばすには許可がいるし、
そもそもドローンじゃあ、音が録れないよ」
「ゲリラ撮影の一発勝負で見つかる前に撮っちゃえばいいじゃないですか」
「音はどうすんだよ。アフレコか」
「アフレコなんてリアリティが無くなるじゃないですか、
僕のセリフが、画面が広がるにつ入れて、自然に遠くなる感じが欲しいんですよ。マイクをドローンの胴体にくっ付けちゃえば録れますよ、きっと」
岡崎は昨年初主演した映画以来、主演作が立て続けにヒットし、最近はかなり図に乗っている。飲みに行っては誰彼構わず、自らの演出論を披露し、
ついには現場の演出にも口を挟むようになっていた。
若手女優や女性スタッフにまで手を出しているという噂まであったが、
映画会社は、人気のある内、問題が発覚する前に、稼ぐだけ稼ごうと、
一切を黙認し、スタッフにも撮影を優先させるように通達した。
「みんな映画に愛が足りないよ」
岡崎がこう言い出したら、もう終わりである。
次に自分を認めないような意見を誰かが言うと、岡崎は拗ねて仕事を投げ出してしまう。
この前の現場では、スタジオでの休憩中にこのセリフが出て、スタッフが難色を示した途端、拗ねてドラマを降りるとまで言い出したのだ。
今回の映画も、半ばまで撮影が終わっている。
ここで拗ねられては、大事になると判断した監督は、
岡崎の我儘を受け入れ、スタッフに無理を言って
ドローンにマイクを仕込ませた。
最近のドローンは、昔のモノに比べると、かなり静かに飛ばせるようになってきている。しかし、それでも録音機能は付いていない。
音声担当の吉田は、小型のマイクを苦労してドローンに取りつけ、
岡崎のセリフを録る事になった。
「よ~い。本番!」
直前にすったもんだがあった撮影だったが、意外に順調に進んだ。
数日後、編集室で素材を試写する事になり、三浦監督を始め、
主なスタッフが集まった。
最初にその異変に気付いたのは、吉田だった。
「すみません。今のカットもう一度見せてもらえますか?」
海岸で空に向かって岡崎が叫ぶ、例のシーンである。
『この先がたとえ地獄でも、俺はお前を愛していくぞ~』
裏社会の女を愛してしまった純朴な男が、
破天荒な生き方を決意する場面。
岡崎の言った通り、ドローンが遠ざかるに連れて、セリフも遠ざかっていく感じがして、確かに孤独な闘いの予感を感じさせる。
プロペラの音がいくらか聞こえるが、それが逆に世間からの疎外感を演出しているようにも思える。
しかし、吉田は何かが気になるらしい。
2,3度再生して、又も「やっぱりだ」と呟いた。
「何?吉田さん。音にトラブル?」
「いや、すみません。セリフの所は大丈夫なんで行けると思うんですけど」
「けど、何?」
「これ最後のところで、ほん・・・何とかって声が入ってるんですよね」
「声?」
「もう一回聞いてもらえますか? 最後のところです」
映像が戻され、ドローンのカットが再び再生された。
その場にいた全員が耳を澄ました。
岡崎演じる主人公が、手を握りしめ、天を仰ぐ。
体を震わせながら、力いっぱいセリフを叫ぶ。
『この先がたとえ地獄でも、俺はお前を愛していくぞ~』
ドローンが上空に舞い上がり、映像は岡崎の立つ海岸線をどんどん広く映して、やがてドローンは停止する。
その時である。
全員の耳に声が聞こえた。
「吉田さん。あの声?」
「そうです。やっぱり聞こえますよね」
「岡崎のセリフばっかり気にしてて気づかなかったけど、はっきり聞こえる。女の声だ」
それは、ドローンのプロペラが回る音に混じって、
若い女の声が、こう喋っていた。
『いらっしゃい・・・』
「これ、ドローンの音声ですよね。
だったら、空にマイクがある時に録音したって事ですか」
それに気付いた全員の背筋がゾっとした。
モニターの画面では、海岸線で点のように小さくなった岡崎が叫んでいた。
結局、この映画は公開されなかった。
奇妙な音声が録音されたからではない。
撮影を3分の一ほど残して、岡崎が雑居ビルの屋上から転落し、亡くなったからだった。
目撃者によると、何かに呼ばれるように上を向いたまま、屋上に上がり、
そのまま足元を見ることも無く、手すりを乗り越えてしまったらしい。
まるで天にすがりつくように、もがきながら落ちて行ったという。
『いらっしゃい・・・』
その映像は、今もどこかの制作会社の倉庫に眠っている。
おわり
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