「送別会」・・・不思議な話。こんなことって、アリ?
「坂本さん。短い間だけど、お疲れ様でした」
契約社員の坂本瑠衣子さんの送別会は、仕事終わりの20時から始まった。
テレビのドキュメンタリー番組を観て感動し、勤めていた食品会社を辞めて、我がワールドワイドテレビに、カメラマンの見習いで良いからと、入社してきた36歳。
「この世界は厳しいからね」
教育係を命じられた私は、まず最初に釘を刺した。
しかし、若手のスタッフが中々集まらず、慢性的な人手不足のため、まずはやる気を評価して、いずれ正式に採用するかどうかは、働きを見て決める予定だった。
そんな台所事情を知っているだけに、私は三つ年上の新人を丁重に扱った。
まずは、三脚持ちから、機材のチェック係、撮影現場での人避け、交通整理などから仕事を覚えて貰おうということで、私は小さなことも優しく教えていった。
坂本さんも、一生懸命仕事を覚えようと頑張っているのが分かった。
「分からないことがあったら、何でも聞いてください」
「はい。では早速・・・」
と坂本さんは、順調に仕事を覚えているように見えた。
しかし、彼女は本番に弱いタイプだった。
生中継時に、出演者のマイクケーブルを間違えて抜いてしまう。
三脚を前の取材場所に置き忘れて移動してしまう。
取材先に日時を伝え忘れて怒られる。
インタビューなのにマイクの電池を忘れる。
そんなトラブルが何度も続いた。
複数のスタッフから、「坂本さんとは組みたくない」
という声が上がってきた頃、
坂本さん自身も、うすうす責任を感じたのだろう、自分から退職を申し出たのだ。
そして、一か月後の今日、赤坂の居酒屋を借りて送別会となった。
送別会としては高級な店だったが、坂本さんの年齢を考慮して、多少なりとも良い店にしようという人事部からの気遣いだった。
「お疲れ様でした」
「現場で会えなくなるのは残念です」
「良かったら、又遊びに来てください」
スタッフは口々に別れを惜しむ言葉を坂本さんに伝えたが、多くは彼女が辞めると聞いて、ホッと胸を撫でおろしていたのも事実だった。
彼女がやらかした失敗の後始末をするために、何日も徹夜をしたスタッフ。
スポンサーに手土産を持って頭を下げに行った上司。
それでも、先輩や上司の務めとして、部下に責任を押し付けることも無く、また、去り行く人を悪く言う必要もないだろうと、皆、笑顔で坂本さんの苦労をねぎらった。
ついに最後の挨拶となり、坂本さんがスタッフ全員に感謝の言葉を述べた。
「本当に、こんな私を気にかけて頂き、ありがとうございます。私はこの会社の温かさが大好きです」
誰からともなく「お疲れ様」という声が掛かった。
スタッフたちは、それぞれに坂本さんへの記念の品を送っている者もいた。
私も教育係として、些少ながら惜別の思いを込めた品を送った。
そして、最後に坂本さんはこう言った。
「私やっぱり、この大好きな会社に残りたいです。残らせてください」
「え?!」
送別会の会場にいた全員が凍り付いた。
私は心の中で、思いっきりツッコミを入れた。
『今、あなたの送別会をしているんですよ。なのに残ると言うんですか? じゃあ、この盛大な送別会はどうなるんですか? ロケで疲れているスタッフも残ってくれたんですよ。分かってます? 坂本さん』
誰もが同じような考えを心の中に浮かべていただろう。
でもまあ、感極まって「残らせて」なんてことを言ってしまったんだろうな、と考え直した私は、泣き崩れてスピーチも途中で終わらせてしまった主役をタクシー乗り場まで送っていった。
それから数日後、社長が経理を担当する新入社員を連れてきた。
「今日から経理として働いてもらう坂本瑠衣子さんだ。みんなも知っていると思うが、これからも仲良くしてやってくれ」
「坂本です。又この会社で働けることになって、最高に嬉しいです」
坂本さんは、社長の横に立ち、ゆっくりとお辞儀をした。
私は心の中で呟いた。
『送別会の会費と記念品を返してくれ!』
その思いが伝わったのかどうかわからないが、
頭を上げた坂本さんは、私に目をやり、
今まで見た中で最高の笑顔を浮かべて会釈した。
おわり
・・・・・・・・・
これは、私の知り合いの会社で本当にあった話です。
送別会が異常なまでに盛り上がり、中には涙を流して別れを惜しんでいる社員もいる中、「私はこの会社から離れたくありません」と宣言し、翌日には社長と交渉して、人事部に採用されました。
送別会で涙を流して別れを惜しんだ社員は、今度は人事評価される側になり、人生の不条理を語っていたそうです。
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