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「百物語」の起源は東北という説がある。
「百物語」・・・百本の蠟燭を立て、夜を徹して怖い話を行い、一話話すごとに、蝋燭を一本消していく。そして、百本目の蝋燭が消えた時、
あやしいことが起こる・・・そんな怪奇イベントの話を聞いたことがあると思います。
この「百物語」怪談にありがちな夏のイベントではなく、
冬の夜長に行われたものらしいのです。
東北の農村地帯、長く雪に覆われる季節を楽しもうと言うことで始まったというのです。
確かに、夏の短い夜では、百も話をすると、夜が明けてしまいます。
冬の夜は夏より4時間くらい長いですから、
その方が夜の間に百まで行ったのでしょう。
今回は、そんな「百物語」のお話です。
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「百物語の終わり」by夢乃玉堂
「・・・その時、灯篭の上に乗った女の生首がケケケと笑って、宙に消えたのです。
これは、二年前に亡くなった祖父から聞いた本当のお話です。ありがとうございました」
20センチほど上がったステージの上にいる怪談師が、
又ひとつ、怪談話を語り終えた。
緊張が続く小さなライブハウスの会場に、小さな溜息が漏れた。
「これで、九十九話目ですね」
怪談の愛好者たちが集まる「ナインナインの会」は、
語り手の怪談師5名。観客50名ほどの会だが、
毎回百物語のルールに則って行う怪談会として人気が高い。
百物語は、怪談話を語り手が次々と話し続け、
百話目を話し終えた時に、本当に怪奇な事が起こる、というものである。
だから、百話目を話す前、九十九話を話したところで、会を終えるルールになっている。
それでも、一話約五分として十時間前後になる。
長時間に渡る怪談会が、クライマックスを迎えた事に
会場の観客たちは皆、ある種の充実感を感じていた。
「では、この蝋燭を消して、今夜の百物語の会は終わりに致します」
話数をチェックする表を手にした司会者が、目の前にち並ぶ燭台の中の、
燃え続けている二本の蝋燭の一本の炎をフッと吹き消した。
次の瞬間・・・・
穏やかだった司会者の顔が険しくなり、今までとは全く違う
低く絞り出すような声で話し出した。
「グヘヘヘェ~。ほ~ら、やっぱり気付いて無かったな人間ども。
お前たちは、話を一つ少なく数えてたんだぜ~。ケケケ~」
「きゃあ~」
会場のそこかしこで悲鳴が上がった。
ガタガタと震えている女性もいる。
観客の視線が一斉に司会者に注がれた。
司会者の男は、ゆっくり立ち上がると、周りを睨み付けるように見回した後、ぱっと明るい表情に変わった。
「いや~皆さま。遅くまでお付き合いいただきまして、ありがとうございます」
司会者がすっかり元の様子に戻り明るく挨拶をすると、会場に安堵の輪が広がった。
「なんだ。ひっかけかよ」
「やられた~。騙されたぜ」
観客たちはホッとして、笑顔になっている。緊張する怪談会は最後に明るく終わるのがルールなのだ。
「本当に。ありがとうございました」
と司会者がもう一度お礼を言った時、窓も戸も閉じられている筈の会場に、
どこからか強い風が吹き込んできた。
風は、観客たちの髪の毛を逆立たせたかと思うと、最後の蝋燭の炎を大きく揺らめかせ、その灯りを消し去った。
ズルリッ。ビジッ。バリバリバリ~。
真っ暗になった会場に、ヌメヌメとした肌の擦れるような音と、
厚い皮が引き裂かれるような鈍い音が響いた。
「明かりだ。明かりを付けろ!」
慌てたスタッフが手探りでスイッチを探している。
唐突に天井灯が全て点き、会場が間抜けなほど明るくなった。
闇に慣れた観客たちは一斉に目を覆っていたが、
すぐに、それまでとは比べようもない大きな悲鳴が上がった。
「ぎゃあああ~!」
観客席とステージにまたがるように、司会者が倒れていた。
目は白目を剥き、口は大きく開かれ、その開いた口から
真っ赤に滴る血が床に後を残しながら続いていた。
その血の跡の先には、赤い舌がわずかに痙攣するように震えていた。
その悲劇的な映像が観客全員の目に焼き付いた途端、
天井灯が消え、ライブハウスは再び真っ暗な闇に包まれた。
おわり
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