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「そこに居ないお前」・・・怪談ホラーいないはずの人間と出会ったら、どうするか。


『そこに居ないお前』


始まりは、昼休みに同級生が言った勘違いの話だった。

「坂下。お前昨日、学校サボって自転車でどこへ行ったんだよ」

「昨日? それ誰かと見間違えたんだよ。俺、ずっと風邪で寝込んでたぞ」

「いや。お前だったよ。朝学校に行く途中で黒の自転車乗ったお前とすれ違ったんだよ。南高のジャージ着てたし、長髪で銀縁の眼鏡かけたから間違いないって。なのに声かけても返事しなくてさ。シカトかよ冷てえなって思ったんだよ」

「だからその時間は医者にいたよ。その後はすぐ家に帰ったし」

「そうか? 絶対お前だと思ったんだけどな・・・」

坂下はクキッと首を右に傾けて「ちげ~よ」と言った。
人の言う事を否定する時のクセだった。

そのやり取りを聞きながら、俺はある悪戯を思いついた。

次の日、俺は坂下に言った。

「坂下。お前、昨夜11時くらいに公園にいなかったか?」

「そんな夜中に公園にいるわけないだろう。親が出してくれないよ」

「そりゃそうだな」

次の日、今度は悪友の前田に言わせた。

「坂下ぁ。昨日さあ。コインランドリーで洗濯してただろう?」

「お前もかよ。変なこと言うなよ。なんで俺がコインランドリーなんかに行くんだよ」

「そうかぁ・・」

坂下はその都度首を右に傾けて否定した。

同じ人間が言い続けても嘘くさい。俺は恋人の愛美にも手伝わせることにした。

クラスでは真面目な方だと思われている愛美は
国語の授業中、芥川龍之介のドッペルゲンガーについて質問した。

怪談好きの教師は「お。その話知ってるのか」とすっかり調子に乗って

「自分と全く同じ人間、つまりドッペルゲンガーを見られた者は
間もなく死んでしまう、と言われている」

という都市伝説をたっぷり語ってくれた。

この時の坂下の顔はケッサクだった。
まさか『最近僕のドッペルゲンガーが現れています』と言う訳にもいかず、真っ青な表情で目を見開いて首を右に倒し、細かく震えていた。

俺は笑いを堪えるのに必死だった。
事情を知る前田も一緒に笑いを堪えていた。

『そろそろ、種明かししてやろうかな』と考えたその翌日。

坂下は長かった髪をバッサリと切って来た。

『もしかしたら、自分にそっくりな奴がいたと言われたくないから
わざわざ髪型を変えて来のか』

これが悪戯心に火を点けた。俺たちはもうしばらく坂下のドッペルゲンガー疑惑を活かしておくことにした。

愛美が面白がって攻め込んだ。

「坂下君。髪切ったんだ。昨日カラオケの別の部屋で、似た人が
一人で歌ってるなって思ったんだけど、やっぱり坂下君だったのね」

「いや。俺はカラオケなんか行かないし、嫌いだから」

「そう? 世界で一つだけの花、上手かったのに」

言いながら愛美は、サビを歌いながら振り真似までして見せた。
男を追い込む時の女の残酷さは空恐ろしいものがある。
恋人の上手すぎるお芝居に俺は少し動揺した。

『全て知っているのにどうして、あんな親し気で無垢な笑顔が出来るんだ』

そんな俺に前田が耳打ちした。

「坂下の奴、カラオケ大好きなのにあんなこと言って。長い髪掻き上げながらキムタクの真似するのが、あいつの定番なんだよ。
そっくりな奴がいたと言われたくないからって、それまで否定するかなぁ」

前田は自分の前髪で坂下の仕草を再現して見せた。
俺たちはさらに調子に乗っていった。

たまたま坂下が新しく黒縁の眼鏡を買っているところを見た前田が、
同じ黒縁眼鏡の写真をネットで見つけ出し、それを使って坂下が一人でVサインして写っている写真を加工して持って来た。

「これ。お前のじゃないのか、ゲーセンのプリクラマシンに残ってたぞ」

昨日買ったばかりの眼鏡をかけた自分のプリクラを見た坂下は、
この世の終わりのような悲鳴を上げて教室を出て行った。

その後ろ姿を見ながら、ちょっとやり過ぎたかな、とも思ったが、俺も前田も愛美まで、笑いを堪えることは出来なかった。

結局、坂下はその日教室には戻らず、次に会ったのは二日後だった。

頭をスキンヘッドにして、眼鏡をはずし、
目には緑色のカラーコンタクトを付けて坂下は登校してきた。

さすがに教師たちに見咎められ、校門を入る手前で校則違反だと責め立てられた。
しかし坂下は、どんなに怒られても、へらへらと笑っているだけで何も答えなかった。

「そんな態度を続けるならと、授業は受けられんぞ!」

ときつく言われると、坂下は首を右に傾けて通学路を戻って行った。
俺たちは黙ってその様子を遠目から見ていた。


もう誰も笑えなかった。

その夜11時を過ぎてベッドに入った時、携帯に着信があった。愛美からだった。

「どうしたんだよ、愛美。こんな時間に」

「もう愛美は携帯に出られないよ。息してないからね」

その声は坂下だった。

「お前、なんで愛美の携帯から電話してんだよ」

「ああ。愛美は間違ってたんだよ。カラオケにいたのは俺じゃない。
前田も間違ってたんだ。あの写真は俺じゃない。だから二人とも、もう息してないよ」

「何言ってるんだ、坂下。お前、今どこにいるんだ!」

「窓の下だよ」

俺は携帯を持ったまま窓のカーテンを開いた。

窓から見えるのは、めったに人の通らない裏道だけだ。
うす暗い街灯が一つ灯っていたが、坂下の姿は無かった。
その街灯の足元に丸い塊が二つ転がっている。

赤く染まったそれは、愛美と前田の首だった。

「うわあ」

驚いて後ずさりした俺の体が何かにぶつかった。

男が仁王立ちになって、俺を見下ろしていた。
スキンヘッドの頭から顔の右半分にかけて、炎の入れ墨があった。
その目には金色のコンタクトが輝いていた。

「坂下! 坂下か。聞いてくれ。あれは冗談なんだよ。坂下。お前は大丈夫だ。死んだりしないから」

「坂下? 俺は坂下じゃないよ」

男が首を右に傾けた。
頭の入れ墨が電灯の光を受けて、真っ赤に燃え上がったような気がした。

次の瞬間、グギッと鈍い音がして、目の前が真っ暗になった。

自分の体が倒れたのが分かったが、そのまま意識は無くなっていった。
最後に感じたのは、首筋に当たる冷たい刃物の感触だった。


                    おわり

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