
「急かされる風呂」・・・怪談。新人研修の夜に。
『急かされる風呂』
これは友人の小野君(仮名)から聞いた話です。
小野君の働いている会社は、入社してすぐ社員研修があります。
新人に社会人としての基本を学ばせると同時に、
どの部署に向いているか適性を見極めるためのもので、
新入社員全員が参加。
5泊6日の研修期間中は、富士山の近くにある会社の保養所で、
4人一部屋で過ごします。
部屋はトイレバスの他に洗濯室もあり、それなりの広さもあるのですが
男4人が交代で風呂に入るのがやっかいで、
毎夜阿弥陀くじで順番を決めていました。
4番目になった人はかなり遅い時間まで待たなければならず、
小野君たちは毎回仕事よりも真剣にくじに取り組んでいました。
小野君は、1日目2日目は残念ながら4番手だったのですが
3日目の夜、幸運にも一番を引き当てました。
「お先に!」
と言ってタオル片手にそそくさと、洗濯室を抜けて風呂に向かい、
鼻歌混じりに汗を流し始めました。
ところが気持ちよく体を洗っていると、
ドンドンドドン!
とドアを叩く音がして、
すりガラスのドアに浴衣姿の影が見えました。
「すぐ出るから急かすなよ~」
小野君は軽く返事して頭を洗い始めたのですが、すぐにまた・・・
ドンドンドドン!
「しつこいなぁ。頭くらい洗わせろよ」
それでもまた。
ドンドンドドン!
出てから絶対とっちめてやる。と決めて返事をするのやめ、
手早く体中の泡を流して、浴室を出て行きました。
「おい! 早く入りたいのは分かるけど、ちょっとしつこいぞ!」
と怒鳴ると、部屋にいた3人は不思議そうな顔をして、小野君を振り返りました。
小野君は犯人を特定しようと部屋の3人を眺めましたが、
浴衣を着ている者はいません。
「ちッ。浴衣脱いで誤魔化そうって言うんだな。
誰だ! 風呂場のドアを叩いたのは!」
「ドアを叩いた? 誰が?」
「浴衣着た奴だよ。何度も何度も叩きやがってしつこいんだよ」
しかし、3人は口をそろえて、
「誰も風呂の方になんか行ってないし、そもそも浴衣なんか無いだろう。
全員寝間着持ち込みの研修なんだから」
言われて小野君は気が付きました。
風呂場と寝室の間には洗濯室があり、小野君は寝室と洗濯室の間の鍵をかけて浴室に入っていたのです。
寝室にいた3人が浴室側のドアまで来られるはずは無いのです。
「なあ。小野。そのドア叩いてるのって、こんな感じか?」
ドンドンドドン。
一番手前にいた松井君が机を叩いて聞いてきました。
「あ、ああ。そうだけど」
「そうか・・・」
松井君の表情が一瞬で暗くなりました。
「何だよ。松井がやったのか?」
「いや。俺じゃない。昨日最初に入ったのは俺だったろう。
その時も同じようにドアを叩かれたんだ。ドンドンドドンって」
「俺も聞いた。一昨日」
松井君の言葉を継ぐように口を開いたのは、初日、一番手で風呂に入った田辺君でした。
「でもガキっぽい悪戯に腹を立てると、こちらが笑われるような気がして
黙ってたんだ。」
小野君はせっかく温まった体がすうーっと冷えていくような気がしました。
その夜、残りの3人は風呂に入らずに寝ることにしたのですが、
結局、4人とも眠れずに朝を迎えたのです。
誰かがウトウトと眠りそうになると、浴室からシャワーの音が聞こえ、
確かめにいくと誰もいないしシャワーも流れていない。
そんなことが一晩中続いたからでした。
数年後、なぜか会社の新人研修は無くなり、保養所もよその会社に
売り払われてしまったということです。
おわり
#研修 #怪談 #恐怖 #保養所 #新人 #就職 #浴室 #ドンドン #扉 #浴衣 #ホラー #新入社員 #謎 #怖い #風呂 #富士山 #スキしてみて
いいなと思ったら応援しよう!
