「来世クイズ」・・・超ショート怪談。未来の妄想はほどほどにしておいた方が良い。特に家族については。
『来世クイズ』
グラスに残った最後のビールを飲み干しながら、
俺は流し台の前にいるミツコを眺めていた。
思えば40年以上、この女(ひと)には苦労を掛けてきた。
急死したオヤジに代わって、借金だらけの工場を立て直すために
会社を辞めた時も、接待接待でロクに家に帰らなくなった時も、
投資話に騙されて家を失いそうになった時も、
妻は愚痴一つ言わず、家計を支えるためにたくさんのパートを抱え
馬車馬のように働いてくれた。
コアラのような、のんびりした見た目のミツコだが、
リスやハムスターのように機敏に動き回るところがある。
私が精神的に危なくなっている時には、ライオンのようにリーダーシップを発揮し、何度も激を飛ばしてくれた。
そんな思い出にふけっていると、少し可笑しな質問を思いだした。
会社で若い女子社員たちが話していた心理クイズだった。
『来世はどんな動物に生まれ変わりたいか?』
その答えによって今の精神状態が分かる、というものだ。
例えば、イルカなら好奇心旺盛。
トンビはとにかく自由が欲しい。
虎は虎視眈々と玉の輿を狙っている、
狼なら昼は適当にサボって夜に獲物を狙う、となるらしい。
ミツコなら、黙々と働いてくれるミツバチかな・・・
俺は流しの水音に負けないように、声を張った。
「なあ、ミツコ。生まれ変わったら、どんな動物になりたい?」
唐突な質問に、ミツコは戸惑った表情で俺を見てから答えた。
「う~ん。何でも良いけど、アライグマかな・・・」
そう言って笑うと、又流し台に目を落とした。
洗いものをしている時に聞いちゃいけない質問だったかな、
と思った俺の耳に、水の流れる音に混じって、ミツコの小さなつぶやきが聞こえた。
「人間はもういいな・・・・万が一この人と又結婚することになったら嫌だし」
その時、パキンっと硬い音がした。
「嫌だ! コップが割れちゃったわ。お気に入りだったのに」
そう言う妻の表情は、いつかテレビのニュース番組で見た
アライグマとそっくりだった。
その番組は捨てられたペットのアライグマが、民家の屋根裏に住みついて
家族に嚙みつくなどの被害が発生しているというニュースだった。
屋根裏の闇の中で微動だにせず、怒りと警戒心に燃えたアライグマの目は
狂暴な光を帯びていた。
ニュースの最後で、仕草の可愛いアライグマは、実は獰猛で貧欲で危険な動物だから扱いには注意しろ、とキャスターがまとめていた。
俺は、いそいそと救急箱を棚から取り出し、流しに向かいながら言った。
「ケガは無いか?」
そして俺は思った。
きっと今の俺は、ネコに睨まれたネズミのような表情をしているだろうな、そして、今夜は一晩中眠れないかもしれない、フクロウのように。
おわり
*リビングの空白・改訂シリーズ。
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