ヴィパッサナ瞑想体験記その2
瞑想の説明
午後8時半。いよいよ瞑想の説明が始まる。ホールへ集まってしばらくすると「先生」が登場。日本人の、なんだか若い男の先生だ(30代なかば?)。瞑想の指導はその先生がしてくれるのかと思っていたら、ごそごそとカセットデッキを操作している。しばらくして地の底から響くような低く太い声が聞こえてきた。ゴエンカさんの声だ。ゴエンカさんは英語で、続いて女性の通訳の声。
まず最初は「吸う息」と「吐く息」を意識するように、とのこと。口を閉じ、下を上顎につけ、鼻で呼吸する。回数を数えたり、マントラを唱えたりしてはいけない。無理に呼吸を強くしたり、ゆっくりにする必要もない。ただ自然なままの呼吸をし、それを観察するだけだ。
これなら簡単そうだ。簡単すぎて、退屈しないか心配だ。
今晩は説明があっただけ。実際に瞑想が始まるのは、明日の朝からだ。
1日目
朝の4時、ゴングの音で起床。というより、その前になんども目が覚めていた。緊張で眠れなかったのではない。隣に寝ていたおじさんのいびきがうるさかったのだ。かつて体験したことのない音量であった。泣きそうになった。
それでもなんとか布団をはねのけ、別棟の洗面所でトイレと洗顔をすませ、ホールへ向かう。それぞれが決められた座布団の上に座る。ぼくは身体が固いので、お尻の下に折り畳んだ座布団をもう一枚敷いた。最初はいきがって、左足の腿に右足をのせ、半跏趺坐で座る。手は法界定印(右手を上に向けて腹の前におき、指のあたりに左手を上向きにのせる。両手の親指の腹を合わせる)。寒いので毛布をショールのように羽織る。
姿勢のほうが落ちついたところで、呼吸に意識を向ける。吸う息、吐く息を観察してみる。どうもよく分からない。強めに呼吸すれば、うまく意識できるのだが、弱い、自然な呼吸だと、すぐに意識が他へとんでしまう。
それと、以前に座禅を少しやったときのくせで、下腹に意識がいってしまう。そのほうがしっくりくるのだ。しかしとにかく言われたとおり、吸う息吐く息のリズムをうまく捕まえようと試みる。
しばらくすると先生がやってきた。何も言わずにカセットを操作する。ゴエンカさんの野太い声が響く。パーリ語のチャンティング(詠唱)だ。大学でパーリ語の授業を一年間とっていたくせに、何を言っているのかほとんど分からない。
こうしているあいだも、とにかく足が痛いので、何度も組み替えたり、伸ばしたりしている。情けない話。どうせなら、もうちょっと座る練習をしてくればよかったと、いまさらながら後悔している。
気が散る。
6時半、早朝の瞑想は終わり。別棟の食堂で朝食の時間だ。ふつうの食パンや胚芽パンにバターやジャムをつけて食べる。ぼくはピーナッツバターにした。それにサラダが少し。紅茶、牛乳。
食事の時間も、もちろん無言である。今回は男性は4人だけなのでゆったりと離ればなれになって食べることができたが、もし20人もの男たちがひしめき合いながら無言で食事をしていたらさぞかし不気味な光景だろう。
食後は各自食器を洗って布巾で水気を切り、重ねておく。そのあとしばらく自由な時間なので、部屋に戻ってごろりと横になる。
8時、グループ瞑想の時間だ。10日間のスケジュールはとにかく一日中瞑想をしているのだが、その核となるのが8時、午後2時半、6時の3回のグループ瞑想なのだ。参加者はグループ瞑想のあいだは絶対にホールから出てはいけない。また、座った姿勢をくずしてはいけないことになっている。
グループ瞑想の時間は、最初にゴエンカさんの指導があり、瞑想があり、最後の5分で詠唱、というパターンだ。
最初のグループ瞑想では昨夜の話が繰り返された。つまり、出る息、入る息を観察するのだ。なかなか集中できない。一回観察できたと思ったら、もうほかのことを考えている。人間というのは、なんと集中できない動物なのだろうか。それともこんなにひどいのはぼくだけか。
困るのは、心の中でつい、「出る〜」「入る〜」と言ってしまうことだ。一度これを始めると、そちらのほうが楽だから、はまってしまう。どうしても呼吸を数えたくなってしまうのも困る。もっとも5つくらい数えるとすでに意識はそこにはないのだけれど。
昼食後12時には先生と個人的に質問できる時間がある。そこでぼくはこのことを相談してみた。すると先生は優しい声で、「そういうことはありがちですね」という。「でも、そのことを重要視しないで、あくまで呼吸を観察することが大切です」。呼吸の時に心のなかでつい声が出てしまうのはかまわない。ただ、意識的にそうしてはいけない。意識はつねに、息が出たり入ったりしていることへ向けていることが重要なのだ。
ゴエンカさんの講話。
昼休みは1時まで。1時から2時半までが個人の瞑想で2時半から一時間が再びグループ瞑想。3時半から5時までが自由な瞑想の時間。5時からはティータイムで新しい生徒(初めての参加者)はお茶とフルーツを、古い生徒(経験者)はお茶だけでひと休み。
6時からグループ瞑想があって、7時から8時半までは講話がある。これもゴエンカさんの講演の翻訳を朗読したものなのだけど、その内容はとんでもなく面白い。仏教の基本をやさしい言葉で、実例をあげながら話してくれる。今の日本の仏教関係者に聞かせたいくらいだ。
8時半からはふたたび短い瞑想。ここで明日やるべきことが指導される。一日呼吸を観察したあとは、ちょっと難しくなる。今度は息が鼻の穴に触れる感じ、鼻の下に触れる感じを観察するのだという。息を吸うとき、息を吐くとき、そのとき上唇を底辺として鼻の上部を頂点とする三角形のなかでなにが起こっているのか、その微妙な感覚を調べるのだ。
どうやらこのへんのことは、本格的な瞑想に入っていくためのトレーニングのようだ。だんだんと感覚を研ぎすませていって、より深い微妙な状態に至るための筋道をつけているのだろう。だとすれば、言われたことを、そのとおりにやっていくしかない。
9時半、就寝。今夜はいびきに悩まされないことを祈る。
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