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悲劇が生んだ「排泄ケア革命」~技術で予知するトイレのタイミング
#38 DFree株式会社 代表取締役 中西敦士さん
「排泄の失敗がなくなれば、介護の現場はもっと明るくなる」。排泄までの時間を予知するウェアラブル端末「DFree(ディフリー)」は、そんな発想から生まれました。開発のきっかけは、中西さんが米国で経験したある「悲劇」。社名に込められた「排泄の自由」への想い、介護や障害者支援の現場で起きている変化、ヘルスケアの未来をどう切り開こうとしているのかを聞きました。
「バークレーの悲劇」からの挑戦
- 排泄を予知する端末とはどういうものですか。
中西 超音波センサーを使い、膀胱の膨らみをリアルタイムで測定するという特許取得技術を活用した装置です。利用者のおなかに尿がどれだけたまっているかを調べ、トイレのタイミングを予知します。例えば「そろそろトイレに行きましょう」とのメッセージをスマートフォンに通知することで失禁を防いだり、「尿意に関係なく、時間になったらトイレに連れていく」という介護作業を減らしたりできます。
―開発のきっかけは?
中西 留学中の米国で、突然うんこを漏らしてしまったことです。当時、ファイナンスやベンチャービジネスを米カリフォルニア大バークレー校で学んでいました。引っ越しの荷物を徒歩30分の新居に運ぶため、キムチと辛ラーメンの朝食で力をつけたのですが、腸の動きが活発になりすぎたのでしょう。あと10分のところで我慢の限界を超えたのです。
物心ついてから経験したことのある人なら分かってくれると思いますが、「また漏らすのか」とのトラウマでしばらく家に引きこもってしまいました。
ちょうどそのころ「大人用おむつの売上高が初めて子ども用を上回る」というニュースを目にしました。排泄に困っている人の多さに驚き「私一人の問題ではない。社会的な課題として、うんこやおしっこを漏らす心配をなくす必要がある」と考えました。
-なぜ「排泄の予知」に挑んだのですか。
中西 悲劇の最大の要因は、突然の便意に襲われるまで、危機的な状況を自覚できなかったことです。「あと何分で出る」を検知して、落ち着いてトイレに向かえるようにする仕組みを作りたいと考えました。
便が溜まると直腸が膨らむので、最初は超音波を使って膨らみを検知しようとしていました。でも、直腸は膀胱の後ろに位置しているのでセンサーでとらえにくく、姿勢の変化の影響も受けます。尿は常に液体なのに、便は硬かったり、液状だったりするのも難しさの一つです。そんな中、体内の動きを見る超音波機器で腸の動きが見えることを知りました。「膨らみ」ではなく、「動き」を見ることに、開発の方向を変えました。
-腸の動きを超音波センサーで「見える化」したのですね。
中西 認知症を患う高齢者や発達障害を持つ子どもたちは、便意や尿意を察知して「トイレに行きたい」と意思表示するのが難しいことがあります。DFreeで見える化し、タイミングを予測することで、「いつ出るのか分からない」という不安を軽減できます。
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-ご自身はエンジニアではありません。
中西 多くの分野のプロが仲間に加わってくれました。たとえば、中高時代の同級生の正森良輔さんは、大手精密機器メーカーで内視鏡という医学に貢献する分野の開発に携わっていました。ただ、大企業の中では、顧客をどれだけ助けられているのか、笑顔に結びつけられているかが見えにくかったといい、社会課題にダイレクトに向き合うこの開発に参加してくれました。
-介護保険適用製品で唯一の排尿予測デバイスです。
中西 膀胱に尿がどれぐらい溜まっているかを把握し、排尿のタイミングを予測する仕組みを、便よりも早く実現しました。1日6~8回ほどの排泄ケアの大半が排尿ということもあり、尿検知タイプの実用化を先行させることにしました。
便意の検証用機器も出来上がっています。データ分析の方法やどのような使い方をしてもらえればいいのかなど、サービス全体の設計を最終調整している段階です。
介護保険適用が追い風に
-2022年に介護保険が適用され、1割負担の税込み9900円で購入できるようになりました。
中西 18年の介護保険改定時に初挑戦しました。しかし、この時は「時期尚早」で却下。次の21年の改定時には「優れているが、実績をもう少し見たい」とされた製品を継続検討枠に入れ、翌年も審査する仕組みが新設され、DFreeもこの枠で認定されました。
介護保険の適用も追い風になり、信用力が高まって総額10億円の資金調達につながりました。売上も適用以前に比べて10倍以上になりました。
-利用者が増えると活用事例や利用データも蓄積されていきますね。
中西 現在、DFreeは約300施設で使用されており、1万人以上のデータが集まっています。25年にはさらに100施設が加わる予定です。導入スピードが一気に上がった背景には、介護保険の適用に加え、介護施設同士での情報共有が進み、口コミでの高評価が広がっていることがあります。
トイレに行ける喜び
-介護する側とされる側から、どのようなフィードバックがありますか。
中西 特に印象的だったのは、4年間トイレに一度も行っていなかった方の事例です。この方は、家族が訪ねて来てもほとんど話さなかったのですが、DFree装着でトイレに行けるようになってから、笑いながら会話を楽しむようになりました。ご本人、ご家族はもちろん、介護をする側の仕事のやりがいにもつながります。
-どのようなアドバイスをしているのですか。
中西 多くの介護施設では時間を決めて利用者をトイレに連れて行きますが、DFreeを1-2週間使用してもらうと、「この方は朝食後ではなく朝食前にたまる時間帯が多い」など、より適切な排泄タイミングが分かってきます。個人別に最も効果的なタイミングでのトイレ誘導のアドバイスができるようになるのです、「この方は、ちょろっと少しずつ出るので、5分くらい待ってあげてください」とか「お腹に力をかけやすいよう前かがみな姿勢をとってあげてください」などの助言につながっています。
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-介護職員は夜間対応にも追われています。
中西 一晩で20回ほど誘導しなければならなかったり、認知症の方の場合、トイレの場所が分からず、居室や廊下で失禁してしまったりすることもあります。
データに基づくアドバイスにより、ある特別養護老人ホームでは、夜間のトイレ誘導の成功率が40%から80%に向上しました。ナースコールが半減し、介護職員の負担も大幅に軽減されました。トイレに頻繁に行きたいと訴える方に「もう少し溜められそうなので、もう少し我慢してみて、もう一度行きたくなった時にまたナースコールをしてください」と説明できるようにもなりました。わずかな尿意を我慢することは、泌尿器科のガイドラインにも載っている治療法で、1時間に1回だったトイレ誘導を1時間半、2時間と間隔を伸ばせた事例もあります。
高齢者介護から障害児支援へ
-障害児の利用も増えているそうですね
中西 自閉症やダウン症のお子さんを、小学校入学前におむつから布パンツに移行させたいとの問い合わせを多く受けます。従来は2〜3時間ごとにトイレに座らせる方法が一般的で、出なくても5分間座らせる必要があり、子どもも親も大きな負担を感じていました。DFreeを使えば、膀胱にどれだけ尿が溜まっているかを可視化できるので、「もうたまっているね」と親子で簡単に確認できます。トイレ誘導の成功率が上がり、座る時間も1分以内で済むことが増えました。パンツへの移行にも役立っています。
-障害児向けにも購入時の負担軽減策はあるのですか。
中西 市区町村による「日常生活用具給付事業」が適用されれば助成を受けることができます。ただ、介護保険とは違って、適用するかは市区町村ごとの判断です。東京都港区は2024年4月に全国で初めて認可し、現在1割負担で購入できます。千葉県市川市でも申請を認める事例が出てきており、埼玉県行田市では全国で2番目に認可されました。より多くの自治体に認可してもらえるよう、展示会への出展や説明会の開催、保護者による自治体への陳情のお手伝いなどに取り組んでいます。
ビッグデータが拓く未来
-収集データは排泄ケア以外にも活用できそうです。
中西 装着するだけで、さまざまな臓器の長時間の動きを簡単に測定できるようになるのが重要です。病院での健康診断は、その時点での瞬間的なデータです。DFreeで、食事中の胃の動きや、食後の反応などを継続的にとらえることにより、空腹を感じにくくなっている方に適切な食事のタイミングを知らせたり、水分補給の必要性を通知して熱中症を防いだりすることもできるようになるでしょう。睡眠の質やストレスレベルを測る機能も追加し、利用者の生活全体を支援するヘルスケアデバイスへ進化させたいですね。
グローバル展開により、高齢化が進んでいたり、医療インフラが整っていなかったりする国々の健康作りにも貢献することも目指しています。
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[企業情報]
株式会社DFree
https://DFree.biz/
東京都港区赤坂2-10-9
排泄の悩みや負担を軽減するソリューション「DFree」を企画・開発・販売。社名の由来は、「おむつ」を意味する英語「diaper(ダイパー)」の頭文字と、「Free(自由)」。(設立:2015年2月)
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(余録)
都中小企業振興公社主催の講演会で、中西さんは開口一番「皆さん、大人になってうんこを漏らしたこと、ありますか?」と切り出しました。会場は一瞬静まり返り、その後大きな笑いに包まれます。 話が進むにつれ、この問いが単なるアイスブレイクではなく、「排泄の悩みを解消し、人間に自由と尊厳を」との社会課題解決への想いに直結したものだということに気づかされました。
長野県の調査によると、高齢者が外出を控える理由の3位が「トイレの不安」です。失禁の恥ずかしさ、恐怖の大きさを物語っています。中西さんたちの挑戦は、だれもがより自由に外出を楽しめ、生活の質を高める未来への第一歩になるはずです。(塚田健太)