『パーリィナイトメア』ゲーム開発者×漫画家が生み出す化学反応【受賞者ドキュメンタリー第1弾】後編
第1回GYAAR Studio インディーゲームコンテストを受賞した「パーリィナイトメア」(カクカクゲームス)は、敵がギリギリまで迫ったときにタイミング良くボタンを押してさばく「パリィ」の気持ち良さにフォーカスしたゲームだ。ゲーム作りに疲れたプログラマーのチャレヒト氏が再び立ち上がり、漫画原作者の藍葉悠気氏とともに受賞にまで至った道のりを聞いてみた。
※こちらの記事は『後編』になります。
▼『前編』ではお二人でゲーム開発をすることになったきっかけ等をお聞きしております。
■ゲームの核を書いていく。「カクカクゲームス」という名前に込められた開発哲学
――これまで開発を続けられてきた中で、印象的だった出来事はありますか?
🔹藍葉:僕はOsamu Kubota(※)さんの音楽や、妻であるマツダユカのイラストが入ったことかな。
🔸チャレヒト:私もそこですね。ずっと一人でゲームを作っていましたから、誰かと一緒にやるというのが新鮮なんです。マツダさんのイラストやKubotaさんの音楽は自分が思っている以上のものだったので、もっと頑張らないといけないと思います。やっぱり一人でやっちゃいけないなと。
🔹藍葉:ゲームそのものよりもイラストや音楽を褒められる方が嬉しいという感覚がありますね。
🔸チャレヒト:「そうですよね!私もそう思います!」みたいな感じです。
――イラストや音楽を外部に頼むときは、コンセプトの共有が大事だと思いますが、どのようにされているのでしょう?
🔹藍葉:Kubotaさんは長くゲームの作曲をやられていたし、そもそも芯のある音楽家なので勘所はすぐに掴んでいただけました。逆に、マツダの場合はゲーム専門のイラストレーターというわけではないので、ゲーム的な仕様について話をしても通じないということを前提にしています。背景やロゴもそれぞれ別の作家さんにお願いしているんですが、その時もゲームの仕様というよりはテーマ的だったり観念的なエッセンスを伝えています。例えば「パーリィナイトメア」ですと、モチーフは「悪夢」です。悪夢という暗いところから脱出して、明るい朝を迎えてポジティブに終わる。なので、外部の方にお願いするときもゲームの仕様ではなく「ちょっと毒気があるけれど、基本的にはポジティブで、明るい雰囲気というのは失わないでほしい」とお伝えするわけです。
――なるほど。外部スタッフの全員がゲームに精通しているわけではない、ということを前提にしてテーマやエッセンスをシッカリと伝えていく。「パーリィナイトメア」のケースだと、外部スタッフに求めるクリエイティビティはゲーム作りではないわけですからね。
🔹藍葉:ただ、資料のままやって欲しいというわけではなく「……ということで想像したものを出してください」という感じでお願いし、クリエイターさんご自身の解釈が入っている方が面白いんじゃないかなとは思っています。
🔸チャレヒト:ああしてください、こうしてくださいという感じで指示を出してしまうと、クリエイターさんも「やらされている」感覚になってしまう。それよりはニュアンスをお伝えして、クリエイターさんご自身で解釈をして「よし、書くぞ」となった方がクリエイティビティが発揮され、エネルギーが詰まったものができあがってくるんです。
🔹藍葉:Kubotaさんからチュートリアルステージの曲が上がってきた時、僕らはすごく盛り上がったんですよ。この時は「後半につれて盛り上がっていく感じで、太陽が昇ってくるようなニュアンスを出したいんです」と抽象的な感じでお願いしたら、Kubotaさんが「すごく良く分かります。重要なことを聞けました」ってイメージが湧いてきたみたいで。ちょっとホラーで怪しい悪夢でナイトメアな雰囲気を持ちつつ、曲自体はすごく明るい感じのものが出てきて、すごく良かったです。
――コンテストに応募した時点では、どれ位の完成度だったのでしょう?
🔸チャレヒト:ゲームの核となる部分ができあがってから、製品として成立させるために必要なボリュームを増やしていくわけですが、応募時点では核部分が半分以上できあがっていた感じですね。コンテストに応募するのであれば、他のビジュアル面などが整っていなかったとしても「こういうことを遊ばせるゲームだ」という部分が伝わればいいと思うんです。
――ゲームの核となる部分ができていれば、面白さはしっかりと伝わる。
🔸チャレヒト:実は、我々の「カクカクゲームス」という名前には「核(カク)を書く(カク)」という意味が込められています。ゲームを作るのであれば、こういうことを楽しませたいというコンセプトがあるはずで、これが核に当たります。自分が思う「こういうことって、面白くないですか?」という部分をいかに伝えるかがゲームデザインであり、システムやビジュアルや音楽が核と同じベクトルを向いていることで作品は良いものになる……と私は考えています。核を書くことを早い段階にやっておかないと、何がしたいか迷うことになりますから。
――ゲームの核を書く。「パーリィナイトメア」は開発途中に小部屋をクリアするエリア移動式から、攻めてくる敵を迎撃する形にする、大胆な変更が行われましたが、それができたのは核がしっかり書かれていたからでしょうか?傍から見ていると、ゲームのジャンルが変わりそうにも思える変更ですが。
🔸チャレヒト:まさにそうですね。「パーリィナイトメア」の核は「パリィって気持ちいいですよね」ということに尽きます。最初のエリア移動式は自分で移動しないといけないので、核の部分に即していなかったんです。他にいい形がないかと色々試した結果、周囲から敵が攻めてくる状態ならパリィせざるを得ないことが分かりました。「パーリィナイトメア」の核と「Vampire Survivors」(※)ライクなゲーム進行形式が合致したんです。
――パリィこそがゲームの核である。ここさえ変えなければ作品がブレることはないし、他の部分は核を引き立てるよう大胆に変化させていける。
🔸チャレヒト:最初は方向キーとボタン1つで完結するものを作りたかったんです。「デメリットが自分に向けてやってきて、タイミング良くボタンを押すとメリットに変わる。嫌なことがいいことに変わる」シンプルなワンアイデアでゲームにならないかと考え、その操作としてパリィがいいんじゃないかと思ったんです。
🔹藍葉:「カクカクゲームス」という社名を考える前か後かは覚えてないんですが「ゲームの核を書くと言っても、核ってなんだろう?」という話をしたことがあったんです。そして「ボタンを押すと何か楽しいことが起こる」ことが最小限のゲームなんじゃないかという結論に達しました。でも、この部分だけだと「パーリィナイトメア」の場合「パリィするのは楽しいけど、それだけ?」となります。その先にある「そして……」というモアな部分、楽しさを拡大させていくための合理的なシステムやジャンル、ビジュアルを模索していた時、「Vampire Survivors」ライクなシステムなら相性が良いことが分かったわけですね。
🔸チャレヒト:エリア移動式だとレベルデザインの手間がかかるけれど、「Vampire Survivors」ライクなら自分でも作れる範囲に収まります。自分がやりたいことが実現できるし、労力的にもやれる。ミニマムだからOKだろうということですね。
🔹藍葉:最初は主人公の魂が地獄にとらわれてしまい、そこにいる鬼を仲間にして脱出していくという物語でした。でも、核になる「パリィで跳ね返すことが楽しいよね」というところをナラティブとも一致させたかったんです。それなら敵は跳ね返しがいのあるやつがいいし、跳ね返すならトラウマが一番しっくりくる。トラウマは嫌な思い出=悪夢だから、ゲームも悪夢の世界にして、主人公も死んでるより寝てる方がいい。主人公を昏睡状態にしたり、死なせたりといった重めの設定も検討したのですが、それよりは日常のトラウマを寝ている間に跳ね返す方がユーザーさんに刺さりやすいんじゃないかと。
――核がゲームデザインの部分にあるからこそ、パッケージングは自由に工夫できるわけですね。
🔹藍葉:チャレヒトさんがゲームをやってるときに、クリアする最後の方で「ああ~」って言い出す時があるんですよ。何だろうと思って聞いたら「それで? って思っちゃうんですよ」って。
🔸チャレヒト:「そして世界が滅んだとか、そして新しい宇宙が生まれたとかいわれてもな……」と。
――日常を過ごす一市民としては、そこまで壮大な叙事詩を語られてもピンと来ない。
🔹藍葉:ならどういうのがいいんだと聞いてみたら「明日も頑張ろう!というのがいいんじゃないの?」というので、「パーリィナイトメア」もそういうものにすればいいじゃんと提案したんです。悪夢やトラウマにうなされたりすることがあっても、朝は来るので頑張っていこうと。そうしたらチャレヒトさんが「それ作りたい!」と食いついてきたんです。
🔸チャレヒト:私の数少ない目的の一つとして、遊んだ後に「明日もちょっと頑張ろうかな」って思えるゲームを作りたいというところがありました。それなら日常的な中で「遊んで良かったな」と思えるようなナラティブがいいだろうと思ったわけです。
――なるほど。「明日もちょっと頑張ろうかな」と思えるゲームを作るというのも核であった。メニュー画面で疲れて寝てる主人公は日常的な感じで共感できますし、その本能が「ホンノウちゃん」としてはっちゃけた感じで出てくるのもギャップがあって面白い。核がしっかりしているからこそですね。「明日もちょっと頑張ろうかな」の核を引き出したのが藍葉さんなわけで、編集者的な視点が大事であることも分かります。
――「パーリィナイトメア」は知り合いにテストプレイして貰っていたそうですが、そこで寄せられた評価と上手く向き合う方法などはありますか?今はイラストレーター志望の人がSNSで寄せられる評価を見て自信喪失するといったこともあるようですが。
🔸チャレヒト:「他者の評価が怖い」というところは、はるか昔に通り過ぎてしまっていますね。初めてゲームをイベントに出した時は、お客さんの一言二言が気になってはいましたが。事実と感想や感情は別なので、もらったひと言からその人の感情を切り離して考えるのが一番いいんじゃないかと思います。例えば、お客さんがどこでどう感じたか、どこで首を傾げたか、どこで笑ったかというのはそういう反応をしたという事実です。何がそうした反応を起こしているかは、すごく大事だと思うんですよ。一方、お客さんが「面白くない」「古く感じた」というのはその人が思った感想なので、これは100%飲み込まなくていい。まあ、全てが一理あるともいえるんですが。
🔹藍葉:感想って、その人のアウトプットの上手さにも関連していると思います。遊んでいるのがイベントなのか、家なのかという状況でも変わってくるでしょうし。
――反応した後に感想としてアウトプットするけれど、そこで言語化する際にニュアンスやら何やらの夾雑物が混じってくる、というイメージでしょうか。逆に、一瞬の反応には感想として言語化する以前の率直なものがある。
🔸チャレヒト:これもゲーム開発者の方が書いた本にあったと思うんですが、お客さんから「ボスがすごく硬い」という意見が出たからといって、単純に耐久力を下げても面白くなるわけではない。それはボス戦が面白くないから「早く終わらないかな」と考えている。ここでいいアプローチの一つはボス戦が楽しくなるように作り直すということなんです。だから、お客さんの意見と、こちらがどうするかは切り離して考えた方がいいということですね。
🔹藍葉:だから、初見プレイの動きを観察させてもらうと言葉よりも多くの情報が得られますね。イベントの後は「こういうプレイをした人がいたよ」とか「あの要素に気づいてない人がいたよ」という感じでああだこうだとミーティングをするんです。
🔸チャレヒト:要素に気づいてないなら、気づいてもらえるようにする。苦戦している場所があるなら、難易度は下げないけれど楽しめるようにSEを変えてみよう……というように意見と付き合っているということですね。
――今は、コンテストに自分の作品を出して審査されるのが怖いという人も少なくないと思いますが、吹っ切れたきっかけはありますか?
🔸チャレヒト:そもそもがハードルを感じてないですね。賞は相手が選ぶものだし、受験みたいに落ちたらもうダメだというものでもない。ゲーム自体、賞を取っても取らなくても作り続けられますから。
🔹藍葉:チャレヒトさんはコンテストやイベントに出すことは積極的ですね。機能的であるか、効率的であるかを重視する人間なので、ちゃんとそう作れているかを確認するために出展するんです。
――GYAAR Studio インディーゲームコンテストに今後どんな受賞者サポートを求めていきたいですか?
🔸チャレヒト:いまで十二分なので、これ以上は求め過ぎじゃないかと思います(笑)。お互いにWin-Winで続けていける形になればいいなと思っています。
🔹藍葉:強いて言えば、賞金が分割で支給されるんですが、外部の方にお支払いする必要が生じた時にタイミングが合わないことがありました。もう少しフレキシブルだとありがたいですね。
――確かに、ゲーム開発を進めていく上でお金のことは避けて通れませんし、外部のクリエイターが絡むのであればなおさらですね。
🔹藍葉:ゲームクリエイターというのは資格があるわけではないので、フリーランスかつインディーゲームだと社会的にあやふやな感じになりがちです。でも、賞の受賞者というのはある種の資格のようなものですし、玄人目線からのバックボーンをいただいているという感じでありがたいことだと思います。
🔸チャレヒト:ゲームを作っている側の人たちが「これがいいゲームだ」「こういうゲームがいいゲームなんだ」と、賞という形で担保するのは文化的に意義のあることだと思いますね。
🔹藍葉:今のインディーゲームはもの凄くエネルギーが集まっている、非常に良い状態だと思っています。たとえば純文学なんかは、賞を取れないと誰も品質を保証してくれない、評価されるべき人が評価されないような事態になっています。でも、インディーゲームはこうした賞レースがなくても売れている。これは市場にエネルギーが集まっていて、潤沢であるがゆえのことだと思います。ただ、評価されるべき人が評価されるという流れを作っておけば、より憧れの連鎖を生み出しますし、作り手も評価を受けて諦めずに創作を続けられるでしょう。
――では、第2回GYAAR Studio インディーゲームコンテストに応募しようと考えている人へのアドバイスはありますか?
🔸チャレヒト:やりたいと思ったら、何でもやったらいいと思うんです。速さは大事ですから、早めにですね。
🔹藍葉:インディーゲームイベントに出展して思ったのが、ちょっと芸術家肌過ぎる方向に行きがちで、これを良しとしようとするベクトルが働いている部分もあると思います。「俺たちってゲームクリエイターだけど、同時にアーティストでもあるよね」というのもいいとは思うんですけれど、やっぱりゲームはユーザーさんにリーチし、プレイされて初めて成立するという側面はあると思うので、外へ向かって扉を開く意味でもコンテストに応募するのはいいんじゃないでしょうか。
🔸チャレヒト:その方が楽しいし幸せな気がするんですよね。私も「一人でやり続けてこれでいいんだ」みたいな期間はありましたけど、あまり幸せではなかったです。辛いなら止めたらいいし、幸せになりたいなら何かしら工夫をした方がいい。
🔹藍葉:今は「パーリィナイトメア」を完成させて、次を作りたいですね。1年に1本を目標にしていきたい。
🔸チャレヒト:1年で出すつもりでしたが、色々と初めてのことが多くて2年位になってしまいました。次回作では今回の経験を活かして、更にミニマムにリリースできたらなと思います。
――視点がより広く大きな方向へと向かっているわけですね。ありがとうございました。