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焼き魚。

まだ小学校に上がる前、海辺の町に引っ越した。
海辺のといっても半島の先っぽ。
鄙びた漁師町と小さな商店が数軒並ぶだけ。
本屋に行くにも車に乗って行くような町だった。

でも海だけは身近にあって、家からすぐ行ける堤防には、漁から帰ったポンポン船が長閑に家路を進んでいた。

小学校に上がる少し前から補助輪を外した自転車で海岸まで走った。
春も秋も夏の日も。
ひとりで、友達と。
でもなぜなのか、家族で行った記憶はない。

子供には遠い距離だったように覚えている。
ひたすら漕いで漕いで海岸の砂浜が見えた記憶が残る。

観光地でもなく、都会からの高速道もなく。
まして電車も走っていない半島の先っぽ。
海岸には人の姿はなく、誰かが置き忘れたクラゲが夏の日差しの中で白い影となって砂浜に残っていた。

遠くで白い波が立ち、そのまま海岸まで運ばれてくる。
当時はサーフィンをやる人も、SUPをやる人も、ジェットスキーをやる人もいなかった。
海岸はひたすらに静かで波の音だけがずっとしていた。

不意に声をかけられた。
僕の名前を知ってるなんて誰だろう?
不思議に思って見上げてみるとよくお世話になっていた外科のお医者さんだった。

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確かK先生、だったと思う。
軍医上がりの彼は病院の机の上に戦艦で撮ったと思われる集合写真を置いていた。

わんぱく、というよりすこしおっちょこちょいの僕は半年くらい前に団地の階段のところでつまづいて転び、頭を数針縫う怪我をしていた。
この時親が車で連れて行ってくれた村のお医者さんがK先生だった。

あまり人見知りをしなかった当時の僕は頭が切れているにもかかわらず、机の上の戦艦の写真に気を取られK先生の軍医時代の話を聞き出していた。
その後も頭を縫われながらもその話は続き、気がついた時には全て終わっていた。
(ちなみにその2年後に今度は肩の骨を折って再訪した時は先生はとても嬉しそうだった。)

さて、砂浜で不意に声をかけてきたK先生。
見ると釣竿を持っている。
指さす方を見ると小ぶりな焚き火がメラメラと燃えていた。

先生と話をしながら焚き火の前に来ると、そこには串に刺した魚が火に焼かれているのが目に入った。

僕は魚が苦手だった。
特に煮魚が苦手で、夕食のおかずが煮魚だと聞き出した時は母親に小一時間変更を交渉したくらい苦手だった(もちろんそんな交渉など成立した試しはなかったが)。
でも、微かに。
微かにではあるが焼き魚であればなんとかいけた。
いける気がした。

K先生は言った。
さっき釣ったばかりの新鮮な魚でまさに焼き上がるところだ、と。
半分食べないか?とも。

お腹が空いているわけではなかったけれど、今釣った魚が目の前で焼かれている。
確かにいい匂いもしている。
他ならぬK先生が声をかけてくれているのだ。
食べない選択肢はなかった。

2人で海を見ながら焚き火のそばに腰掛けて、海を見ながら焼き魚を食べた。
それは今まで食べた中でも経験がないほどに美味しく、僕はそれ以来魚が大好きになったのだった。

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などということは全くなく。。
先生が差し出してくれた魚。
確かに焼けた背の部分などは美味しかったのだけけどお腹にはびっしりと腑が。。

それを手で取って食べてもよかったのだろうが、川で泳ぎを覚え海に自転車を落として遊んでいたワイルドな僕も、食に関しては案外都会派で、腑などが入ったままの魚を見るのは初めてだったのだ。

見慣れないものを口の前に運びつつ顔は引き攣っていただのだろうが、先生は遠慮していると判断したようで、もう全部あげるよという。。

期せずして益々ピンチを迎えた僕であった。

食べれる部分を早く食べてこの恐ろしい腑を早く火にくべてこの世から消してしまわねば。。
僕をわんぱく坊やだと思ってくれている先生が見ていない間に。。

不意にK先生が立ち上がった。
君にそれをあげてもう1匹釣り上げてくる!

チャンス到来である。
先生はそそくさと釣竿を持ち海岸を向こうの方へ歩いて行った。

今だ。
今しかない。

背中部分をささっと齧ると火の勢いのある場所に投げ込んだ。
ゆっくりとではあるが魚は、いや腑の塊は確実に燃え始めていた。
火か弱まると当然ながらしっかりと燃えてくれない。
僕は定期的に火を弱めないように空気を送り込んだ。
若干前髪が焦げたがそんなことは小さいことなのだ。

火をうまく育てた僕は魚を焼き切ることに成功した。
よかった。
K先生の善意を無にせずに済んだ。

相変わらず、海岸には人影は僕と先生だけ。
波の音が遠くで、近くで聞こえる。
沖の方に漁船だろうか、船が横切っていくのが見えるあの船にもいっぱい魚が載っているのかなぁ。

そんなことをぼんやり考えていると。
K先生が嬉しそうに歩いてくるのが目に入った。
左手に大振りの魚をぶら下げて。

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