えっちゃんとソバージュとわたし
ワシな、子供の頃、
『ソバージュ』を美味しい食べもんのことやと思っててん。
記憶が定かやないからあくまで仮定の話やけど、多分その理由は、ワシの好物が蕎麦やったからやと思う。ツルッとした喉ごしに、見事に絡みついたツユの旨味を初めて口にした時の喜びは、未だに忘れられへん記憶として残ってるで。当時ワシの家はホンマに貧乏やったから、もちろん通が食べるよな手打ちの麺なんかやなくて、そのへんのスーパーで売ってるよな普通の蕎麦やったと思うけど、それでもホンマに美味かったのを覚えてるわ。
冒頭に話を戻すで。
ウチは母子家庭で、いつもお金がないから母親は仕事仕事。せやからワシは、学校から帰るといつも1人で留守番。でもたまにな、ワシのことを心配してか、母親の友達の「えっちゃん」いう人がご飯を作りに来てくれててん。
えっちゃんは、だいたい無愛想で、おもんない話をするだけのおもんない人やったんやけど、でもそんなある日な、えっちゃんが嬉しそうにワシに言うねん。
「最近彼氏ができたんだ」、って。
ワシが子供ながらに「良かったなぁ」て笑って返事したら、やっぱ気分良かったんやろな。急に機嫌良くなって、ワシにこんな提案したんや。
「なら今日はぐず夫の好きなもの作ってあげる」って。
ワシ、そんな贅沢したことなかったから、露骨に困ってしまってんな。そしたらウジウジ困ってるワシを見かねて、えっちゃんが「何でもええで」って後押ししてくれたからさ、ワシ、意を決して言うてんな。
「ソバージュが食べたい!」って。
そしたらな、えっちゃん言うてん。
「その歳でそんな特殊なプレイしてんの? 今の◯学生どうなってんだよ。
テメェ最低だな」って。
それ以来、えっちゃんはウチに来なくなりました。
ワシは何が悪かったのかサッパリ分からないまま、ただ時間だけが過ぎていきました――
大人になって、あん時の言葉の意味を知った今でも、たまにえっちゃんの顔を思い出します。あれ以来、ワシは罵倒されるだけで「アアアッ」てなっちゃう体です。
あの日の、あの蔑んだ目をもう一度見るために、
今日もワシは、ダメ人間を演じているのかもしれまへん。
ただただ、新たな快楽を求める続けるために……
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