うつくしゅんもの
うつくしきもの。
多分何か煩わしいことを考えているはずなのに、ただ頭を上下に振って歩く鳩。
彼ら(あるいは彼女たち)は、自分は鳩なのか、鳥なのか、はたまたジョージなのか、そんな哲学めいた命題を胸に(その誇らしい胸に)抱えながら、そんなことはおくびにも出さない。お首は振っているけれども。
うつくしきもの。
東京は早くも春の気配。チェックのマフラーを巻いているのに、花粉にむず痒い鼻を赤くして、くしゅんと一息する子供達。おじさんのくしゃみなんてどうでもいいのだ。それは小さいからかわいらしいのだから。
うつくしきもの。
昼はおしゃれなカフェでウィンナーコーヒーと決め込む、新卒一年目。似合わない高級スーツに付いた毛玉を気にしながら、転ばないようにハイヒールを鳴らしているOL。世界はこういうなんでもないプライドと、羞恥心でできている。スマートドフォンに目を奪われて、視野見の周りに騙されてまだ赤の信号に飛び出してしまったような、そういう小さなかわいらしさで世界はできている。少し無理して恋人に買ってもらった香水に、うっとりとする。
うつくしきもの。
だってそれは、先生が悪いじゃないですか? と腹をたてる男の子。先生はトイレじゃありません、と見栄を張る先生。そういえば、ちりんとハンドベルがなったら静かにするっていうルールがあったっけ。ちりん、ちりん。だけど、親に殴られるならわかるけど、先生に殴られたら怖くないですか? え、それは、先生が厳しかったら怖いってこと? いやいや、サイコパスでしょ。なるほど?
うつくしきもの。
通販で間違って女性ものの指輪、買っちゃったんだけど、もらってくれない?
私のために買ったって言えばいいのに。
ほんとに間違えたんだって。
ああ、そう。
うん、もらってくれる?
もちろん。結構気に入った。
よかった。じゃあ、また買い間違えるよ。
え?
うつくしきもの。
ちっ、と舌打ちをしてまっすぐ歩く男を避ける。イヤホンを外して後ろを振り向く。まっすぐ歩いてんじゃねえよ、てめえで避けろ。
ちっ、と舌打ちをして子供連れの親子を追い抜く。ちりん、ちりん、とベルを鳴らすけど、子供はタンポポとどんぐりに夢中なのだ。道幅考えろよ。
ちっ、と舌打ちをして同じ方向に避けあって、ああ、とぶつかる。女からは、昔好きだった女と似た香りがして、男は、また、ああ、と思う。ちっ。
うつくしきもの。
世間知らずで単純で、理屈っぽくて、性根が曲がってて、子供で、だけど大人びてるところもあって、自分の夢がある、君はとても素敵だよ。
って言えば、君は喜ぶの? 違うでしょう。ねえ、君はどういう人が好きなの? ちゃんと恋を終えたこと、あるの?
うつくしきもの。
モーツァルトは、トイレットペーパーの入れ替えだとか、車の運転だとか、自分の恋だとかに悩んだことはあるだろうか?
うつくしきもの。
瓜にかぎたる児の顔。すずめのこの、ねずなきするに踊りくる。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひくる道に、いとちいさきちりのありけるをめざとにみつけて、いとおかしげなる指にとらえて、大人などにみせたる。いとうつくし。頭は尼削ぎなるちごの、目に髪のおおへるをかきはやらでうちかたぶきてものなどみたるも、うつくし。
うつくしきもの。
うつくしきもの。
春の気配に、くしゅん、
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