具鷲小説18 〜 三人の悪友、悪を語る 〜
具鷲小説18 〜 三人の悪友、悪を語る 〜
断崖絶壁(だんがいぜっぺき)ながら風光明媚(ふうこうめいび)な山奥の古寺(ふるでら)で修行を積む坊主が一人いた。そこに二人の友人が時折尋ねてくる。一升瓶を持って。
「おい、不良坊主、酒を持ってきたぞ」
「もう来るなって言っただろ。修行の邪魔だ」
「お邪魔しま〜す」
遠慮なくずかずかと古寺に入ってきた二人の都会人。一人はだいぶ前に隣街へ移り住み、ちょんまげ姿で洒落た格好をしていた。
もう一人は小太りの都会人。ちょんまげ姿からは、「中途半端な都会に住む怠惰(たいだ)な人」と評されていた。
不良坊主も元々そこに住んでいたが、ある日を境に、山へ登って修行の道を選んだ。そんな坊主が二人に話しかけた。
「で、何の用だ?」
「とりあえず乾杯しよう。天ぷらも揚げるから油を借りるよ。おい坊主、火を起こしに行ってくれ」
「おいおい、勝手に来て、人使いが荒いなあ」
と、坊主は苦笑して火をつけに向かった。小太りの都会人が、おちょこを3つ取り出して前に差し出した。ちょんまげが一升瓶からそれぞれに、なみなみと酒を注いだ。
ほどなくして火を起こしに行った坊主が、飼い猫と呼んでいるトラと共に帰ってきた。都会人たちはトラにいつも驚く。
「相変わらずデカい猫だ」
「しかし本当に猫なのかな」
「野暮なことを言うな。ねえ、トラさん」
と、猫撫で声でトラの喉を坊主が撫でた。「にゃ」と、トラがふてぶてしく言い、喉を鳴らした。
「おい、お前さんたち。和を以(も)って貴(とうと)しとなす、というだろう。ある国の憲法では、これを第一条に持ってきている。調和が最も大切である、ということさ。俺とトラさんは調和している。つまらないこと……」
と言った側から、手を甘噛みされて坊主は少し出血した。大丈夫かい、と小太りが心配した。坊主は意に介さず、とりあえず乾杯だ、と構わず杯を交わして続けた。
「調和すれば信頼が生まれる。そうすれば、もう余計なことはしなくても済む。契約書は無くなり、値段の交渉もいらない。親友相手に悪どいことはできないだろう」
「自分が困窮(こんきゅう)している場合はどうかな?」
「それは問題じゃない。何事をも打ち明けられる友に、悪どいことをする関係は、親友とは矛盾する」
「嫉妬が絡んだ場合はどうだ。たとえば、絶世の美女を射止めたことを自慢してきたら」
「親友は羨ましがりながら、その喜びを分かち合える。お前もあのときそうだったじゃないか!」
「まあそうだけども」
「ちょっとちょっと」
三人は大笑いし、おちょこを当て、台所へ向かった。
「時には裏切られることもあるだろう。でも、親友なら許してやれよ。お前なら許すってな」
「裏切りは悪どくないのかい?」
「理由とその時の気分によるさ。お、油も熱くなってきたようだぞ。ほれほれ。畑で育てたオクラにナス、今年は珍しくカボチャもある。絶対にうまいぞ」
「ああ、あらよっと」
食いしん坊の小太りは酒を飲み、その場で欣喜雀躍(きんきじゃくやく)とステップを踏み、天ぷらを揚げる坊主に問いかけた。
「『悪』と『悪どい』は違うのかな」
「悪の程度による。悪どいやつは、もうどうにもならない。増えることもなければ減ることもない。ずっといる。しかし、大悪人にはなれない。大悪人はそれなりに筋が通っているから大物になれる。調和と信頼のない悪人は、所詮中途半端な悪でしかない。たとえ力を持ったとしても、すぐに凋落(ちょうらく)する。恐るるに足らず。しばらく我慢していればいいだけのことさ。こちらの技術は勝手に高まって行くし、時間の融通も効く」
ふと、小太りが思いついたように言った。
「そういえばあの大悪人、親友に裏切られて牢屋にブチ込まれたけど、あの人自身が親友を裏切ることは、ついぞなかった。ねえ、果たしてそれは、悪なのかな」
「少なくとも言えることは、善人も怖いってことさ。嘘をつけないからな。お、旬の天ぷらが揚がったぞ。食べよう。で、お前ら、何の用だ? 漬物もあるぞ。ほれ」
と、坊主は都会人の二人に勧めた。
「ひどい風邪による疑心暗鬼が収まったから、祝いに来たんだ」
「修行中の俺には関係ないだろ」
「何を言っている。俺たちに関係あるんだから、お前にも関係あるよ。和を以って貴しとなす、なんだろう?」
三人は何度か乾杯をしながら、一升瓶を数時間かけて飲み干した。そして今日も夜が明けた。
鶏が卵を産んだ。
おしまい