「ぼくのお日さま」ネタバレ感想
作品に賛否あるようなのですが(詳しくは知りません)、私は賛とまでは言わないけれど、否ではないです
映画はフルスクリーンではなく、映像は粗く、音楽は作品世界の空気の中に流れています
それはノスタルジーというだけでなく、少し離れて観てくださいと言っているように感じました
時代は今より20年ほど前のこと
昔のことだから、今の感覚で判断しないでということではなく、彼らにとって過ぎ去ったひとときであると受け取ってほしいのではないかと思いました
エンディング曲を聴いたときは、こんなに説明しちゃっていいのかしら?と驚いたのですが、だんだん必要な歌詞、言葉だったのだと思うようになりました
いくつか心に残ったこと
さくらが荒川にぶつけた言葉ですが、荒川には最後の「気持ち悪い」は聞こえていないか、性的嗜好の批判だとはわかっていないように思えます
それがわかっていたら、母親との面談で「アイスダンスが嫌ならシングルの指導をします」とは言わないでしょう
母親もさくらがコーチを替えたい理由は知らないようです
ただ、母親にはさくらが思春期であるという理解はあると思います
荒川にさくらの言葉がそのままには届かなかったのは、荒川にとってさくらが「子供」であって「生徒」であって、一人の人としては向き合っていなかったことと、もう一つ
荒川がスター選手であったこと、同性愛者であったこと
自分に向けられたものでもそうでないものでも、荒川が長い間、人の言葉に晒されてきたからではないかと思います
荒川は聞くものと聞かないもの、見るものと見ないものを、無意識に分け、ある部分で鈍感であることを獲得してきたのではないかと思いました
荒川はタクヤの指導を始めるまでは仕事が楽しそうではなく、けれど五十嵐との暮らしには満足しているように見え、持ち込んだ荷物の中には選手時代の思い出が詰まっていて、町を出る時にはそれら段ボール箱だけを車に積んでいました
荒川は思い出しか持たずに五十嵐の地元へやってきて、また、そこを去ります
それは、さくらに言われたことや仕事を失ったことが原因ではありません
五十嵐の問いかけと、さくらとタクヤと過ごした一冬が彼を変えたのだと思います
さくらは東京から引っ越してきた子で、スケートもその頃から続けてきたということです
大抵の子供が冬はホッケーやスケートをする環境でも、個人コーチの指導を受けるさくらは異質です
タクヤ、荒川と同じように自分と世界の間に軋みを感じている子だと思いました
さくらが荒川にぶつける言葉ですが、上で書いたように荒川には伝わっていません
あの言葉で傷ついたのは観客で、観客が共感したのは荒川の痛みではなく、さくらの痛みだったのだと思います
上でさくらの荒川への言葉を性的嗜好への批判と書きましたが、さくらの伝えたいことはそうではありません
荒川とタクヤの親しさに疎外感を抱き、けれども三人で過ごす時間に楽しさを覚えつつあるところに、荒川の性的嗜好という「正解」を得たことで、借り物の言葉を口走っただけに思えます
タクヤは吃音があって、集団で損な役回りを押し付けられたり、人に譲りがちだったり、ぼーっと綺麗なものを見つめていたりする子です
コウセイというとてもとても素敵な友だちがいて、家族にも恵まれています
お兄ちゃんは言葉はぞんざいですが、いつもタクヤを気にかけているようです
タクヤが内気なのは、生来の性質もありますが、自己主張をしないために後回しにされる経験を重ねたことから強まったところもあると思います
荒川の鈍感(おそらく自分の気持ちにも)、さくらの無口と同じように、傷つく・傷つけられる自分に適応した結果得たところがあるのだと思うのです
春になって、町を去る荒川とキャッチボールをするシーンがあります
野球も苦手だったはずのタクヤですが、ちゃんと荒川にボールが届いていました
人と向き合って、ボールを投げることができるようになったのだと思いました
ラストシーン、タクヤは長い一本の坂道でさくらを見つけます
さくらは真っ直ぐこちらに歩いてきます
タクヤは少し躊躇って、けれども真っ直ぐさくらの前に進み、二人は向かい合います
タクヤが口を開こうとするところで映画は終わります
エンディングの曲の歌詞を思い出して、この映画はタクヤが自分の言葉を獲得する(再獲得する)までのお話だったのだなと思いました
荒川は自分を取り戻しました
タクヤは自分の言葉を取り戻しました
さくらだけが、それらを得ていないことが気がかりです
ただ、長い間失い続けていたであろう荒川が自分を取り戻したことを思うと、一見何もかも失ったかに見える荒川は希望なのだと思います
タクヤとさくらは可能性なのでしょう
一冬の出会いが人を変える、変わるきっかけを与える、そういうお話だから、過去を舞台にしたのだと思います
この先の月日の膨らみを感じて欲しかったのかなと思いました
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