神仏頼みは、きっと民間療法の最たるもの✨✨
気管支炎はだいぶ軽快してきたとは言え、既に4ヶ月。
胸の苦しさは殆どなくなったが、声があまりよく出ない。
そして何より困るのが、ドレミファソ、から上の音を歌うと、
木管楽器のリードミスみたいな「ピキっ」という声になる←それは声か?
何ヶ所か病院巡りをしたが、ポリープや腫瘍ではないということで、一応安心。
でも、仕事が入った場合、10月なら大丈夫、クリスマスは大丈夫、などという確約ができない、困った状況になってしまった。
「歌えない」「普通にしゃべれない」。
ほぼ黙って弾くしかない?
けっこう、メンタルもやられています💦
民間療法もたっぷりしていますが、最大の民間療法である、「神仏頼み」を
してきました。
最近、気が滅入っていて、なかなか行けなかったのですが。
ある神社と、おじいちゃんおばあちゃんの原宿と言われる、
巣鴨のお地蔵さまにお参りに。
毎日行われている「特別祈祷」に参加しました。
病気平癒に効験があるという、和紙で作られた「御影(おみかげ)」を受けてきたので、時々飲んでいる。
迷信と言われてもいいのだ。気の持ちよう✨✨⤴⤴
この日の法話。
「正岡子規」の「病床六尺」から。
平気=ネット辞書より引用
1. 物事に驚き騒がず、いつもの心でいること。
威圧や困難を何とも思わないこと。「悪く言われても―だ」
2. 落ち着いておだやかな気持。心が他から乱されずにいる状態。
「悟り」とは、落ち着いて穏やかな心で死ぬことではなく、
「騒がず驚かず、落ち着いて穏やかな気持ちで生き続ける」ことだと、
正岡子規は病床で、そのように考えたとか。
リアルのおつきあいでも、いろいろなトラブルがあったり、
感情が揺らぐことがよくある。
noteは、顔も名前も知らない人とのつながりが多いと思う。
記事を書いた人の心に寄り添って読んだか、
心無いコメントをしていないかなど、
みんなそれぞれ留意してnoteと向き合っていると思う。
時には、自分が誰かから受けた不都合を記事にすることもあるだろう。
その時、攻撃的な文章・きれいと言えない言葉を並べるか、
そうでないかによって、
読む人への伝わり方はまったく違ってくると思う。
キャラ的に敢えてそういう文章を書いている方もいるとは思うが。
リアルの世界もnoteの世界も、基本は同じ。
誰かを不快にさせたり傷つけたり、
そして自分も傷つくことなく、
「騒がず驚かず、落ち着いて穏やかな気持ちで居続け」られたらいいな、
と思う、今日この頃である。
📍最近noteを騒がせている件とは関係ありません←たぶんね😂←あやしい😓