Spotifyが1000回再生されていない楽曲の収益を0にしたことの「経緯」、「実際のところ」、そして「本質的な問題点」について
こんにちはPAKINです!
さて、昨日今日とTwitter(今だとXな訳ですが、わかりにくいのでTwitterで表記します。)でも話題になっているあの件、Spotifyが1000回再生に満たない楽曲の収益化を禁止する件についてです。
Spotify側は「新進アーティストとプロのアーティスト向けの音楽ロイヤリティエコシステムを保護および強化するための新しいポリシー」としていますが、では実際のところ、私のようなDIYかつ小規模なアーティストにはどのような影響が出るのでしょう?
この新しいポリシーと、なぜこのような事態が発生しているのか、自分なりに調べたことをまとめていこうと思います。速報性を重視して私の持っている情報ソース中心にまとめていますので、その点はご容赦ください。
早速参りましょう。
本ポリシーのSpotify側の発表はこちら!
まずはこちらをご一読ください。
(日本語ソース)
(英語ソース)
Ⅰ.経緯と論点
いつ、何が起きる(起きた)のか
4月1日から、年間1000回再生未満の楽曲に対して、Spotifyはロイヤリティ分配を行わないこととしました。
ちなみに、1000回再生のカウント単位は、アルバム単位、EP単位ではなく「1曲単位」と思われます。
英語版の公式発表にあたったところ、
"tracks must have reached at least 1,000 streams in the previous 12 months in order to generate recorded royalties."
(抄訳「レコーディングロイヤリティは、過去12ヶ月間で再生数が1,000回に達している楽曲に対してのみ発生するようになります。」)
との記載があります。
マ???
自分も当然寝耳に水の事態です。
おいおい、と思って調べ出したのがこの記事を書くきっかけでした。
そもそもの発表時期とSpotifyの抱える課題認識(論点)
まず、昨年の11月段階で本ポリシーの変更・施行については発表されていました……つまるところ、昨日今日イキナリ施行されたわけではないということですね。この点については自分自身、情報感度が低かったな、と思うところです。
さて、なぜこのポリシーが新設されたのか、という点ですが、Spotify側は
ストリーミングの人為的操作
システムが原因でアーティストに支払われない収益
ノイズ音源を使った収益システムの不正操作
の3点を挙げています。
詳細は前述の公式ソースを参照いただければと思うのですが、公式発表では「Spotifyのロイヤリティシステムの刷新により、新進アーティストとプロのアーティストの収益が10億ドルも増加」すると大々的なタイトルを掲げています。(そして、文章中には今後5年で、という一言も添えられています。)
ではまずSpotify側が提示する、それぞれの課題点における彼らの現状認識と対処法を見ていきましょう。
課題1:ストリーミングの人為的操作
不正行為(Botなどを使って水増し再生する、他人の楽曲を不正にアップロードする等)によって、有料課金ユーザーから集めたお金が掠め取られていることを危惧しているとのことです。
Spotifyはこれへの対処法として、「コンテンツで人為的に操作された不正なストリーミングが検出された場合、そのコンテンツを提供するレーベルやディストリビューターに対し、トラックごとに料金を請求する」ことにしました。
このページを読んでいる方ならよくご存知かと思いますが、アーティストはディストリビューターを経由しないと各種配信サービスへ楽曲を掲載できません。(詳細はこちら)
今回のポリシー改正で、まずこのディストリビューター(や、レーベル)が不正発覚時に罰金を支払うことになります。
課題2:システムが原因でアーティストに支払われない収益
ここが大きな論点、かつ重要なポイントだと個人的には思っています。
(以下引用、一部省略及び太字にしてます。)
過去1年間で1~1,000回ストリーミングされたトラックは数千万曲もあり、その各トラックは1月あたり平均で0.03ドルの収益を生み出しています。こうした少額の収益は、コンテンツのアップローダーに届かないことがよくあります。収益の引き出しができる最低金額 (通常、1回の引き出しあたり2~50ドル) をレーベルやディストリビューターが設定しているほか、銀行での引き出し手数料が (通常、1回の引き出しあたり1~20ドル) かかるからです。しかも、少額の収益は忘れられがちです。
しかし、こうして放置されたままになっている少額の収益は、合計すると年間4,000万ドルにも上るため、これを分配することで、ストリーミングによる収益を主な収入源としているアーティストへの支払いを増やすことができるのです。
2024年の初めから、レコーディングロイヤリティは、過去12ヶ月間で再生数が1,000回に達しているトラックに対してのみ発生するようになります。毎年発生する数千万ドルの収益は、ごくわずかな収益として分配するよりも、ストリーミングを主な収入源としているアーティストへの支払いを増やすために使う方がより良い効果を生み出せます。わずかな収益はアーティストに届くことすらあまりないからです (ディストリビューターが設定した引き出し最低金額に達していないため)。年間1,000回以上の再生数を獲得しているトラックの再生数は、全体の再生数の99.5%に及びます。このポリシーによって、こうしたトラックに対して支払われる収益が増えることになります。
とのことです。
つまり、
ディストリビューターごとにアーティストが引き出すことができる最低金額が決まってるから、1000回再生に満たないような楽曲作ってるアーティストはお金引き出せないよね……(銀行手数料も考慮すると赤字だし!)そしてそこに溜まっているお金を、もっと本気でやってる人たちに分けたほうが良い感じじゃん。
じゃあ別にそのレベルの弱小アーティストにお金払わなくて良いよね!
ってコト…!?
……Spotify側は、全体のロイヤリティのプールが変わるわけではないので、このモデルはSpotifyの収益を増やすものではないとしています。(課金ユーザーが増えるわけじゃないからね。)
つまるところ、「ストリーミングサービスで沢山の再生数を稼げる(もしくは、稼ぎたい)アーティストにとっては素晴らしい大改正」ということです。
……つっこみたい気持ちは俺も同じです、が、次へ進めましょう。
課題3:ノイズ音源を使った収益システムの不正操作
今の時代、ホワイトノイズ、クジラの鳴き声、スタティックノイズといった、「機能的」なジャンルに人気があるとのこと。
このジャンルを悪用して芸術的なメリットがないにもかかわらずトラックを人為的に短くカットし、再生数を増やして多額のロイヤリティを得ようとする人がいるようです。
そういった「ノイズ音源」(英語版だとNoise Recordings)に対して、ロイヤリティの対象条件になるには、トラックの長さの最低基準が2分間に引き上げられるとのことです。
トラックの長さに最低基準を設定することで、ノイズ音源のトラックで発生していた収益は以前よりも減少します。具体的には2分間のノイズ音源では、30秒の音源の場合は4回カウントされていた再生数が1回になり、ロイヤリティが1回分しか発生しなくなる。
それにより生じた余剰分をロイヤリティプールに追加し、誠実で勤勉なアーティストの収益に回すことができるようになるとのことです。(いずれも公式より引用し、一部改変。)
Ⅱ.論点の整理・切り分けと「実際のところ」
Spotify発表から見える論点まとめ
さて、ここまで読んできてなんとなくお分かりになったかと思いますが、改めてSpotify側の論点を整理し、わかりやすくしていきたいと思います。
不正な行為でロイヤリティを掠め取られることを防ぎたい(課題1,3)
再生回数を稼げるアーティストに多くロイヤリティ分配したい(課題2)
こんな感じですかね。さて、それでは実際のところどうなの?という面を改めて深掘りしていきたいと思います。
論点①「不正な行為でロイヤリティを掠め取られることを防ぎたい」
この目的意識には大変共感しますし、ノイズ音源に対して制限が加わるのは(実は大変危険なことだと思いますが)ロイヤリティの傾斜配分の設計として理に適っていると思います……少なくとも、現行の「再生回数の比率に応じてロイヤリティを配分する」というモデルをする以上はね!
(これと全く異なるモデルを採用しているのがSound Cloud。彼らは「Fan-Powered Royalties」というファンダム規模に応じたロイヤリティ提供モデルを作っていますが、本記事では詳細は割愛します。)
……が、実際には悪意を持った違反者の締め出しや、不正利用に対して、今回のポリシー変更が実際のところ効果があるかは「あまり無い」と思います。
なぜか?
今日、Spotifyを含む様々なストリーミングサービスで起きている「不正利用」もしくは「ストリーミング詐欺」の手口は大変高度化しており、事業者側とのイタチごっこが続いています。その一方、Spotifyをはじめとする配信事業者は、その悪意ある行為者たちを彼ら自身で特定することができない(もしくはする気がない)ためです。
むしろ、それらの不利益を、ディストリビューター、ひいてはアーティスト側へ転嫁するスタンスが今回より鮮明になったと言えるでしょう。
公式の発表にて、「(違反している)コンテンツを提供するレーベルやディストリビューターに対し、トラックごとに料金を請求することになりました。」との記載があります。(課題1:ストリーミングの人為的操作を参照。)
実際には1曲につき10ユーロとのことです。(国により変動する可能性あり。)
では、ディストリビューターは大人しく10ユーロを支払うでしょうか?
当然、そんなことはありません。アーティスト側にそれがさらに転嫁されるのです。
丁度、Tune Core Japanから4月10日付けで本件のメールが来たので、該当箇所をそのまま引用します。
(ちなみに、自分はTCJは過去使ってましたがもう2度と使いません。高すぎるし、もっと質の高いディストリビューターは全然いるよ。)
(以下、引用、一部省略)
3)不正再生課徴金
Spotifyは自社ポリシーに基づき、ストリーミングに関して再生回数の操作等の不正再生が行われていると判定した楽曲(そのおそれがある楽曲を含みます)がある場合、配信しているディストリビューターやプロバイダーに対して、その旨を通知するとともに、1曲あたり10ユーロ/月を課します(「不正再生課徴金(Spotify)」)。この制度は、当社を含む世界中のディストリビューターやプロバイダーに適用されるとのことです。
(略)
Spotifyより当社へ不正再生の通知があった場合は、チューンコアジャパンディストリビューションサービス利用規約に従い、該当楽曲のアカウント管理者に対して次の対処が行われます。なお、不正再生と判定された楽曲がない限り、アカウント管理者に不利益が及ぶことはありません。
①「不正再生課徴金(Spotify)」のお支払い
Spotifyにより不正再生と判定され当社へ通知された1楽曲あたり10ユーロを「不正再生課徴金(Spotify)」としてご請求いたします。
(引用終了)
勿論、他のディストリビューターを全て精査したわけではありませんが、ほぼほぼ各社横並びになるだろうということは想像に難くないかと思います。
不正をしたアーティストから罰金が取られるのは喜ばしい限りなのですが、問題はそう簡単にうまくいくかは「?」
そして、実際には何の不正もしていないアーティストが唐突な「BAN」に遭遇しているケースが発生している中、この罰金の追徴は、アーティストの心を壊してしまう可能性が高いと思います。
不正がないのにBANされる?
さて、この件については海外の情報筋が一番まとまっています。まずは下記ご参照ください。音楽マーケティングや業界情報を発信している(そして、インディバンドのメンバーでもある)Ari Herstand氏の記事です。
各種ブラウザの翻訳機能や翻訳サイト等、活用推奨です。
かいつまんでいうと、
今までに収入の50万ドル以上をストリーミングから獲得し、収入の大部分をストリーミングに頼っていたアーティストが、大手ディストリビューターのTune Core(日本ではなく本国ね。)より、Spotifyから「人為的なストリーミング行為が認められた」という通知を受け取ったということで、正誤の判断や事前の警告等は抜きに、アルバム23枚を全てのプラットフォームから即削除されたというものです。
また、あるアーティストは、これまた大手ディストリビューターであるDistroKidから彼の楽曲の大幅な人為的ストリームを示す「警告通知」※を送られたが、彼は再生回数を増やすためにどのサービスにもお金を払っていなかったため大変困惑した話や、なんと公式プレイリストに含まれている自分の楽曲が「100%人為的なストリームである」と判断され削除された話も載っています。
上のtiktokはその被害者の方の訴えですね。
(※英語版だとStrike Noticeとなるのですが、一般的な意味では文字通り「ストライキ通知」となるので違約しています)
……ここには2つ問題があると思います。
1つ目は、ディストリビューターはSpotifyなど配信事業者の言いなりになるだけで、アーティストを庇ってくれないということ。
2つ目は、「誤BAN」が発生したときに、我々DIYアーティストはどうしたら良いんだろう?
ということです。
この2点を掘り下げるのも非常に重要と思いますが……これだけで別の記事が
作れそうです、今は一度問いに戻りましょう。
まとめ
改めて、
「不正な行為でロイヤリティを掠め取られることを防ぎたい。」
「なので、不正しているとわかったら、ディストリビューター(そして、実際には各アーティストから)10ユーロを取るね。」
それって効果あるんですかね?
私は前述の通り、あまり意味ないと思っています。なぜなら、今まで行われてきた削除対策をモノともしない有象無象が(多分、本当に僅かなお金を求めて)そういった詐欺や不正行為に手を染めてきたので。
むしろ、健全なアーティスト側へさらなる皺寄せがやってくる可能性が高いことを私は危惧しています。どんなハードルも詐欺師は超えてやってくるが、アーティストたちはそうではない。
意味不明なBANをされて、プラットフォームからアルバムやらEPやら全部消し去られた挙句、数百ユーロの請求がやってきたらもう心折れますよ。俺は折れる自信がある。
詐欺師を排除することには大賛成ですが、それは罰金を設けることが解決方法なのだろうか?みなさん、どう思いますか。
(実は、それへの解決方法が前述の「Fan-Powered Royalties」だ、とAri氏は論じています。が、そのモデルのデメリットについても解説した記事があるので、興味ある人は探してみてください。)
論点②再生回数を稼げるアーティストに多くロイヤリティ分配したい
では、今回最大の論点であるこちら。
そもそも「再生回数が低くてお金引き出せないアーティストなんだから、そもそも収益なくて良いでしょ!笑」って発想が最高に失礼だと思いますが、ではなんでそんな発想に至ったかってことが根本的な問題ですよね。
で、いろいろ調べていたんですが、違反者対策と全く関係なく施行されたこのポリシーこそある意味一番闇が深かった。長文ですが、最後までお付き合いください。
まず言いたいこと
別に、我々って一曲シングル出して「やった!これで終わり!」じゃないわけですよね。
数曲とか、人によっては数十曲作っていくわけで。
仮に1曲あたり600回ほどの再生回数しか回らなくても、それが10曲集まれば6千回再生。いや、確かにそれだけで食べて行くには心もとないですが、しかしちょっとしたモノですよ。
前述の通り、曲単位の再生回数しか見られないのであれば、もうアルバムでスキットとか入れる意味もないし、なんなら定期的にシングルカットしたほうが良さげ。作品の発表形態にも影響が出るんじゃないかな?と思いますが、Spotifyさんはどうお考えなんでしょうかね。
1000回再生の壁
そもそも、「1000回再生」とはどの程度のハードルになるのでしょうか?「MUSIC BUSINESS WORLDWIDE」に、2022年に行われたとても面白い試算結果があります。彼らは、Spotifyが自身の透明性を高めるために提供しているサービス「Loud & Clear」を利用し、以下のような結果を導き出しました。用いられた数値は21年末のもののようですので、今現在はもう少し変わっている可能性がありますが、全体の傾向として大きな変動が起きるものではないと思われます。
(以下引用、抄訳、一部省略)
Spotifyの2021年の年次報告書によると、昨年末時点でSPOTのカタログには「8200万曲以上」の楽曲があった。ただし、同年次報告書には、この数字には「360万以上のポッドキャストタイトル」が含まれていると記されている。
このことから、少なくとも2021年末の時点で、Spotifyには約7,840万曲の音楽が登録されていると推定できる。
(略)
スポティファイでこれまでに500回以上再生された楽曲は3,869万曲にのぼる。つまり、スポティファイに登録されている7,840万曲のうち、半数以上(51%)が500回未満しか再生されていないことになる。また、これまでの再生回数が1,000回未満の楽曲はどうだろうか?Spotifyの音楽カタログに占めるこれらの楽曲の割合は?
60.8%である。
(終了)
ということで、「1000回再生越えの壁」は結構高めです。
楽曲の半数以上は1000回再生を超えられないのが現状のようです。
Spotify側は、「年間1,000回以上の再生数を獲得しているトラックの再生数は、全体の再生数の99.5%に及びます。」としていますが、それはあくまで再生数単位で考えた場合です。
ここから推測できるのは、有名アーティストがとんでもない再生回数を稼ぎ出しているが、過半数の楽曲は数十〜数百回再生に留まっており、彼らの言う「全体の再生数の99.5%」から溢れた「0.5%」の中に、多くのアーティストもまた留まっているということです。
そもそも誰が得をするのか?
話を戻しましょう。
なんでそんな収益モデルに変えたのかを改めて考えていきます。
前述しましたが、このポリシー変更により得をするのは「再生回数が多いアーティスト」です。
(1000回再生に至らなかったアーティストに渡るはずだったロイヤリティが彼らに渡るわけですからね。)
では具体的に、誰が世界でめちゃくちゃ再生されているのか、名前をレーベル名付きで見ていきましょう。
ソースはこちら。
レーベルについてはApple Musicのレーベル名や各アーティストのWikipediaを参照しています。
テイラー・スウィフト(Universal Music)
バッド・バニー(Rimas Entertainment)
ザ・ウィークエンド(The Weeknd XO, Inc.,Manifactured and Marketed by Republic Records, a Division of Universal Music Group Recordings, Inc.)
ドレイク(OVO, Republic,Young Money Entertainment,Cash Money Records)
Peso Pluma(Dpuble P Records 他多数)
上位5人中3人がUniversal Music Group、もしくはその関連会社からリリースされていることがお分かりになりますでしょうか?
簡単に解説します。
テイラーは言うに及ばずですね。名実ともにユニバーサルの看板アーティストです。
ザ・ウィークエンドの「XO」は彼の所有するレーベルで、実際のリリースやプロモーション等はユニバーサル傘下のリパブリックレコードでしょう。
ドレイクも同様で、「OVO」が彼のレーベルであること以外、ユニバーサル系列と縁が深い。Young Money EntertainmentやCash Money Recordsの販売代理店としてリパブリックやユニバーサルは絡んでいるようです。
(一方、2位と5位のバッド・バニーとPeso Plumaはラテンアメリカの独立レーベルや色々なレーベルから曲をリリースしていますね。この辺りに地域差、音楽産業構造の違いが垣間見えますね。)
影の主役?
ということで、ユニバーサルミュージックが一番得をします。
いや、まあ、もっと柔らかい言い方をしても良いのですが、実際のところ事実でしょう。世界中の誰もが認める大々レーベル、音楽界の巨人です。
もう少しこのレーベルについて深掘りしてみましょうか。
この会社のトップ(つまり、音楽業界の頂点というわけですね)に立つのはこの方、Sir Lucian Charles Grainge。(サー・ルシアン・チャールズ・グレインジ)
イギリス人、肩書きはユニバーサルミュージックグループの会長兼最高経営責任者(CEO)、2016年にナイトの称号が授与されているので、頭にSirがついている。詳細はWikipediaに譲りますが、2010年に就任してからの数年で会社評価額を数倍まで膨らませる、ものすごい数の受賞歴があるなど、相当な辣腕をお持ちのようです。2017年、そして2020年にSpotifyともグローバルライセンス契約を締結しています。
批判と懸念の声
さて、ではSpotifyの「お前にやるロイヤリティねえから!」新ポリシーと、どうしてグレインジ卿率いるユニバーサルミュージックグループが繋がるのか?解説していきたいと思います。
実は、いくつかの音楽系メディア、ジャーナリストは、ユニバーサルがSpotifyを含む音楽事業者に自身の影響力を行使していることをかなり直接的に指摘し、批判しています。
例えばこちら、「MUSIC BUSINESS WORLDWIDE」では、23年10月末に
「Spotifyはユニバーサル・ミュージック・グループの「アーティスト中心」のロイヤリティ・モデルの要素を取り入れている」
(原題:SPOTIFY IS EMBRACING ELEMENTS OF UNIVERSAL MUSIC GROUP’S ‘ARTIST-CENTRIC’ ROYALTIES MODEL – FOLLOWING A NEW MULTI-YEAR LICENSING DEAL BETWEEN UMG AND DANIEL EK’S PLATFORM)
と題して以下のような記事を掲載しています。
彼らはこの記事の中で、グレインジ卿が2023年の年頭に述べた新しいストリーミング課金モデルについての意見表明と、今回のSpotifyの変更に明らかな類似点があり、
また、「報道されていない事実のおかげで、MUSIC BUSINESS WORLDWIDEは、世界最大の音楽権利者であるユニバーサルが、Spotifyの新計画モデルに少なくとも何らかの影響力を持ち、 Spotifyのイニシアチブを広く支持していると考えるのが妥当だと考えている」と述べています。
ちなみに、2つ目のリンク先の記事の後半では、グレインジ卿による社員に宛てた新年の挨拶が載っています。ユニバーサルがどれだけの実績を挙げてきたのか、どれだけ業界に投資をしてきたのかをめちゃくちゃ自慢する文章が載っているので、「こうやって俺たちすげえぞアピールってのはやるんだな!」と勉強になること請け合いです。
閑話休題、先も紹介したAri Herstand氏は、VARIETYへの23年7月の寄稿記事にて以下のような指摘もしている。
(以下、引用、抄訳)
音楽業界でおそらく最も権力を持つ人物であるユニバーサル ミュージック グループ会長兼CEOのルシアン・グレインジは、ストリーミングの支払いモデルが破綻していることに同意し、今年初めに書簡で "ストリーミングの経済モデルは進化する必要がある "と書いた。しかしグレインジは、ユーザー中心の支払いモデルがその道であるとは確信しておらず(同社のスーパースター・アーティストの多くは、そのモデルでは今よりも収入が減るだろう)、一方で現在のモデルが悪質な行為者にインセンティブを与えていることには同意している。グレインジは、「(エド・シーランの)楽曲のストリームが屋根に降る雨のストリームとまったく同じ価値があるということはありえない」という "アーティスト中心 "のモデルを推進している。しかし、このシステムは、ユニバーサルのビジネスモデルには合っているかもしれないが、我々インディーズ・アーティストにとっては何の役にも立たない。
(終了)
また、Ari氏が24年2月に自身のwebサイトに掲載した以下の文章で、彼はDeezerとのユニバーサルの間で交わされた「アーティスト中心」の支払いモデルへの変更について非常に率直な批判を展開している。
(以下、引用)
一方では、ほとんどのアーティストはどうやって生計を立てていくかを考えている。一方、上場している多国籍のメジャーレーベルは、多大な利益と成長を示すことで株主を満足させる必要がある。
メジャーレーベルのCEOがアーティストを気にかけていると言うのは嘘だ。アーティストを大切にすることは、彼らの仕事内容に反している。
彼らは何よりもまず株主を大切にしなければならない。彼らは利益を重視する。どんな手段を使ってでも。
(略)
先週、UMGとDeezerは「アーティスト中心」の支払いモデルを導入すると発表した。
この "アーティスト中心 "モデルの最大の構成要素は2つある:
"プロ・アーティスト "は印税支払いの "ダブル・ブースト "を手にする
リスナーが実際に検索した曲も "ダブルブースト "される。
私は2番目の要素を支持する。ユーザーが求めている曲に対してより多くの金額を支払うことは理にかなっている。プレイリストやアルゴリズムからユーザーに提供される曲は、ファンがアーティストのプロフィールを見て探して再生した曲よりも少ないはずだ。それがファンからアーティストへの真の意図だ。しかし、この最初の要素は非常に問題がある。
Deezerは "プロのアーティスト "を、月間1,000ストリーミング以上、500ユニークリスナー以上と定義している。
500人のリスナーと1,000のストリームは多くないように聞こえるかもしれないが、Deezerは現在930万人しか加入していない。スポティファイの5億5,000万人のユーザーと比較してみてほしい。
UMGはまずDeezerでこの支払いモデルを実験しているが、彼らの計画は間違いなく他のストリーミング・サービスにも展開する予定だ。
(引用終了)
強烈!
まとめ
まず、上で挙げた各人の批判は、あくまで鉤括弧付きの「状況証拠」からの指摘であり、また(これを書いている自分も含め)グレインジ氏やユニバーサルのことを貶める意図があるわけではないということもご理解いただけるかと思います。
また、少々陰謀論チックな香りがしていることは自覚がありますので、その点はご容赦ください。
一方で、今回のSpotifyの新ポリシーは、再生回数を稼げるアーティスト…ひいては大レーベル有利に傾くモノであるのは間違いないと言って良いでしょう。
ストリーミングの勃興時には苦渋を舐めていた(そうでもない?)ビッグレーベルによる十数年がかりの反撃、まさにThe Empire Strikes Backといったところでしょうか。
コロナ禍の際にも思いましたが、持つ者と持たない者の差が音楽の世界でも広まるなあ、というのが率直な思いです。
……結局、この問題の発生源は「みんなから集めたお金をひとまとめにして、アーティストの再生回数に比例して渡す。」という比例支払いのモデルにあります。
例えあなたが千円を毎月支払ってSpotifyに加入し、(とても嬉しいことに)PAKINの曲だけを毎日聞いてくれても、その千円の大体はテイラーやドレイクのものになる、というわけです。
今までもそうでしたが、これからはさらにそれが加速する。
……本件に限らず、皆さんもぜひ「誰が得をするのか?」という観点で物事を俯瞰してみてください。
Ⅲ.本当の問題点
ここまで長々と書いてきました。詐欺師対策の効果の有無や、収益モデルがなぜ改悪なのか等、いろいろなことをつらつらと書いてきましたが、
本当の問題点は、我々のような小規模なDIYアーティストにとって厳しい時代がやってくるかもしれない、ということではないでしょうか。
もし、ユニバーサルが同様の仕掛けをApple Musicやその他の事業者と取り組み出したら?
もし、今後もディストリビューターは知らんぷりのまま、アーティスト側不利の規定が増えていったら?
(ある日突然全てが消失した時に、私に何が残るのか…まさかの借金!?)
あまり想像したくないですねえ……
少なくとも、今回のSpotifyの新ポリシーが適用されることで一番ワリを食うのは、自分のような中小規模のアーティストであるのは明らかです。
一見すると「悪意ある行為者」や「ノイズレコーディング」等の排除による「勤勉な」アーティストへの収益向上施策のように見えますが、その実態と実行には、かなりの「偏り」が生じるように思えてなりません。
Ⅳ.我々DIYなアーティストが注意すべきこと
さて、夜も更けてきました。(この記事を仕事が終わってからひたすら書いています。今、夜中の2時前です。)
最後に私が考える「我々DIYなアーティストが注意すべきこと」をまとめて終わりにしたいと思います。
1.絶対に再生回数を稼ぐためにbotや規約違反サービスに手を出さない
とにかくこれ。
お金を払えば有名プレイリストに載せてあげるよ!
ストリーム数を買えるよ!
など、お金で直接的に再生回数を増やしに行く行為は、基本的にはSpotifyをはじめとした配信事業者の規約で全て違反になっています。知ってる人からしたら当然のことですが、まだまだ日本ではその辺りの周知がされていないような気がしますので、改めて記載します。
最近ではSubmitHubのようにプレイリスト製作者(プレイリスターと呼ばれたりする。)に自分の曲を有料で「オススメ」(≠再生回数の購入)することができるサービスも出てきていますが、自分はその手のぎりぎり規約に引っかからない系サービスも正直微妙だと思います。
広告を打つとかはOKです。ただ、きちんと規約に目を通しましょうね。
2.ディストリビューターに頼りすぎない
いざ何かあった時には、直接配信事業者に問い合わせるという気持ちは持っておいたほうが良いと思いました。
ディストリビューターはあくまで卸業者。
仮に楽曲が消されたときに、彼らは役に立たないこともあるだろうな、ということを前もってイメージできていれば、いざ事が起こったとしても(多少は)落ち着いて行動できるはず。
3.ストリーミングの再生回数に縛られない
今回の件で、
「お前、自分の曲1000回再生されてんのかよ!」というよくわからないマウント合戦が起きる…!?
ということを危惧してはおりませんが、何かのプレイリストに偶然紛れ込んで数千回再生される曲と、自分のことを死ぬほど支えてくれるファン100人による100回再生の曲を見比べて、再生回数としては前者が勝っていても、アーティスト冥利に尽きるのは後者のパターンだと思います。
マネタイズを目指すにしても、Spotifyの数字に縛られるのはより一層意味がなくなってきたと思います。
あくまで自分(や、仲間)のファンを作っていくことが、絶対的に重要ですよね。
4.音楽業界の動向に気を配る
すでに、私たちは海外の大企業の「経営判断」なるものによって人生が振り回される時代に生きています。
個人としての人生だけではなく、アーティスト人生も、これからずっと振り回され続けるでしょう。そのわけのわからない「経営判断」の波を乗りこなしていくのがアーティストの宿命でもあります。
国内でアーティストの側に立った情報発信をしているメディアがほとんどなくなった今、自分で情報を取りに行く、具体的には海外の専門メディアの情報発信を定期的にチェックするなどは重要そうです。こちらの記事に貼り付けた以外にもたくさんのメディアや情報発信を行なっている人たちがいますので、ぜひ探してみてください。
(私自身、そう言った情報筋の去年の10月ごろの情報発信にしっかり当たっていれば、今回の件はもっと早くに気づくことができたな、と反省しきりです……その頃は、ブラジリアン柔術の試合のことしか考えてませんでした!)
今後も、このNoteでそう言った音楽業界動向を発信できればな、と考えています。
…他にも色々な「注意すべきこと」リストが皆さんの中でイメージできているんじゃないでしょうか。
よかったらそう言った考えや意見も、ぜひ世の中へシェアしてください。
何かを発信するのは、アーティストの特権であり義務だと思います。
(もちろん、発信内容には責任が伴いますが!)
Ⅴ.終わりに
さて、書いて書いてのちょうど今、14000字を越えました!
昨日の今日で書き上げた記事です、誤字脱字や論拠、論理展開などにご指摘あろうかと思いますが、ご笑覧いただけたら幸甚です。
では最後に……
俺はGrime MCだから、曲を聞いてくれよな。俺だって千回再生したい。
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