子供が泣くことをどう捉えるか
嫁ちゃんが5歳の子供と保育園のお友達と遊んでいた時の話。
うまくできないと泣いてしまう。友達とおもちゃの取り合いでないてしまう。一人っ子だからわがままなのかな?と心配していた。
悔しくて泣いてしまう感情というものはしょうがないのではないかと思う。
うまく伝えられない感情の現れと助けて欲しいサインが泣く行為なわけで。
むしろ悔しいと思ってくれる事が嬉しいなと思う。
例えば縄跳びができなくて泣いてしまう。
ここだけを切り取ると判断が難しい。泣いてどうなったのか?でどうなってほしいのか?
縄跳びできなくて泣いて、よしよしと泣き止ますのか、泣いてでもやらせるのか、もう泣くんなら帰るよ!と強制終了させるのか。
泣くという行為自体は、やりたい気持ちがあるのにうまくできなくて悔しくてないている訳で、目的はうまくできるようになる事だ。
一人っ子だからとか他と比べてどうだというものさしで子供の成長を心配したりするよりも、本人の気持ちと成長度合いに応じて向き合って欲しい。
できることとできないことは人それぞれで何でも友達と同じようにできるようになることを望むのは良いが焦る必要がない。
後日子供と縄跳びをしているときにうまくできずに泣いた。
「できないから悔しいね、泣いてもいいよ、でも泣いたあともうおしまい!でやめてしまうと上手にならないよ、泣いてももう一回って頑張れる子がうまくなれるしお兄ちゃんになれるんだ!」
そのあともうまくできず耳に縄跳びがあたって泣いてしまったが、
自分から
「でも、泣いてももう一回やる!」と自分で痛いの我慢して飛び始めた。」
「痛かったら痛いの治るまで泣いててもいいよ」って言っても
「もう泣きやんだ!」と強い語気で得意げに自慢してきてくれた。
うまく飛べることよりも、困難にくじけず立ち向かえる心が備わったほうが嬉しい。
トランプが好きでポーカーを子供とする。
ポーカー自体運ゲーなわけで、大人が5連勝することもある。
しかし、何試合か続けていくと子供が5連勝する事がある。
最初大人が5連勝したときに悔しくてないていたが
「ラッキーは続かない、このあときっとお父さんはラッキーがなくなって運悪くなるよ」というと後に子供が5連勝した。
すると偶発性(ゲーム性)な不幸というものにも理解し、負けが混んだときに「このあと僕にラッキーがやってくる」というようになった。
あとはお友達におもちゃをとられた時に泣くという行為。
なんでも譲る必要はないけど、譲ってあげると相手が嬉しいんだという事を知ってほしい。譲らないとだめ!では我慢するだけになるので、その辺をうまく理解して欲しい。
おそらく兄弟が多いと理不尽に我慢が発生する。お兄ちゃんなんだから我慢しなさいとか。理不尽にただ耐える人になってほしいわけではない。
それよりは、我慢ではなくそうしてあげたいと思える子供になるようにアプローチしていきたい。そして理不尽には自身の主張を伝えられる子供になってもらいたい。がまずは一つずつ。
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