零落ー強迫、双極症ー闘病記【38】
営業の結果
前回は事業がうまくいき、結婚するところを中心に述べました。今回は一転して何もかもうまくいかなくなることを述べたいと思います。
地元で営業活動をして地域活動やイベント出店、委託販売などをやっていたのですが、それはダイレクトにはお金にはなりませんでした。小物が売れる程度でビジネスとしては失敗でした。
世の中、お金が全てじゃないということを自分に言い聞かせるような余裕は私にはなかったのです。
焦り
私は事業がうまくいかないことにいらだっていました。いろいろと試してみるのですがどれもうまくいきません。霊媒師に聞いてもいいアイデアはありませんでした。
今思えば停滞する時期だと思って焦らずに動かない方がよかったのです。とにかく動いて現状を打開してきた私には、止まると言うことは出来ませんでした。
よく考えればこの時は躁が混ざっていたのでしょう。周期的にうつ状態にもなっていたので、双極性障害Ⅱ型の混合状態であったと考えられます。
この時既に経営者として冷静さを失っていたのです。落ち着いて考えるということが出来なくなっていたのです。
夫婦関係
事業がうまくいかなくなると、夫婦関係も悪くなってきました。けんかすることが多くなりました。
私たちはお互いに精神年齢が低く、大人とは思えないようなけんかをしました。夫婦関係はお互い様なので、ここではパートナーの悪口を言うことはしません。
パートナーの事業
ところでパートナーが作ったものが売れるようになっても、パートナーは満足することがありませんでした。創作が作業になってきたことが苦痛だったようです。しかしそれを察して対処する余裕は私にはありませんでした。
だんだんと作る速度が落ちてきました。そうすると当然納期が延びます。サービスが低下したことにより徐々に売り上げも悪くなってきました。
夫婦共々事業がうまくいかなくなったので、お互いにいらいらすることが多くなってきました。所詮物事がうまくいっているときに結婚したので、お互いが調子悪くなってしまうと支えきれないのでした。
またお互いに精神的な病気を抱えていたことも悪く影響しました。お互いが病気ということで支え合えるかと思い結婚しましたが、そうはならなかったのです。お互いの不調が連鎖して余計にひどくなってしまいました。
パートナーの不調
しばらくするとパートナーは不定愁訴に苦しみ出しました。体のあちこちに異常が出てきたのです。いろいろ医者にかかるのですが、これと言った病気は見つかりませんでした。
そしてだんだんと起き上がれなくなり、こちらに来て足が遠くなっていた精神科を受診することにしました。診察ではこれといった病名を告げられることはありませんでした。
医者もよく分からなかったのだと思います。薬を出してもらったのですが、それでも体調はよくなりませんでした。
気分転換や新しいことにチャレンジしてみるなどいろいろと試みたのですが、不定愁訴は悪化する一方でした。
ちなみに今でもその時のパートナーは、よく分からない症状に苦しんでいます。私のことが原因ではなかったようです。
私はパートナーの不調はとにかく自分が悪いのだと思い込んでいました。そのためどうにかするために苦心しました。自分の病気のことをほったらかしにして献身しました。
しかし現代の医学ではどうにもならないこともあるのです。自分の病気を含めて、そういうこともあり得るのだと今は思うことができます。
悪化する病気
家での家事も私がすることになりました。私なりになんとかしようと思っていろいろとがんばったのですが、なにをしても不定愁訴はよくなりませんでした。
パートナーの不定愁訴について霊媒師に相談しましたが、分からないということでした。
もう蛇がついているわけではなかったのです。この頃には霊媒師もどうすることも出来ないようになっていました。
私の病気も悪化しました。パートナーへの献身も含め、めちゃくちゃな生活をしていたので当然と言えば当然のことです。
だんだんまともに仕事をすることが出来なくなってきました。一日に数時間、必要最低限のことをやるので精一杯になりました。
この時は週に三日は寝込んでいました。
もう仕事などしている場合ではありませんでした。それでもパートナーの不調が良くなるために東奔西走していました。
私は我を失っていました。
母親の手助け
それでも事業が形だけでも継続し、ご飯を食べることに困らなかったのは偏に母親のおかげです。
母親は事業を手伝ってくれたことはもちろん、ご飯まで作ってくれました。
そしてパートナーの不調にも文句を言わず、私たちがしたいようにさせてくれました。母親には感謝してもしきれないです。
強迫症
この頃から病院で強迫症が苦しくて仕方ないと訴え始めました。
とにかく縁起強迫がひどくて毎日が地獄のようでした。以前から医者は双極症の方が重大な病気だからということで、強迫症についてはあまり相手にしてくれませんでした。
それでも毎週訴え続けると、強迫症についての説明を求められました。私は自分の強迫症のメカニズムについて時間をかけて説明しました。
それに対して医者は、強迫症なのだろうけど、どうしようもできないタイプだと言いました。手をずっと洗う不潔恐怖に対しては暴露療法が有効だけれども、縁起強迫はどうしようもないというようなニュアンスのことを言っていたと思います。
そして医者は「あなたの病気は分からない」と言いました。私にこれを告げた医療関係者はもう何人目でしょうか。もうお手上げだということで、この頃から私が薬を選び処方してもらうことになりました。
私は双極症に効くと言われている、リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなどあらゆる薬を試してみました。しかしどれもこれといった効果はありませんでした。
霊媒師とのお別れ
病気の治療がうまくいかず、医者には匙を投げられ、だんだんいらいらするようになってきました。
そして霊媒師にも相談したのですが、サイコダイビングや霊の力、パワーストンの交換などを試しても、もうどうにもなりませんでした。
霊媒師は調子が良いときは頼りになったのですが、調子が悪くなってくるとどうしようも出来ないようでした。
そんなある日、パートナーの苦しみは私のせいだというようなことを言いました。私は「これだけやれることをやって私のせいなら、自分が全部引き受ける」と断言して、霊媒師とは別れることにしました。
自分の力でやってきたという実感がないために、一般的な「幸せ」に満足することが出来なかったのだろうと思っていたからです。
霊媒師にはお世話になりました。たくさん話を聞いてくれて助かりました。
別れ方はよくありませんでしたが感謝しています。
現実を好転させる力はあると思いました。しかし一番の問題である病気についてはよくなりませんでした。
結婚がしたいとか復縁したい、事業で成功したいと言う人がいらっしゃいましたら紹介いたします。
5度目の入院
これからは自分の力でやっていくのだと言いましたが、もう病気はどうにもならないところまで来ていました。
そして霊媒師に祟られたのでしょう。5度目の入院をすることになったのです。
私はおかしくなっていました。物事の善悪の判断も出来なくなっていました。この時私は躁かうつか分かりませんが、とにかく狂っていました。
断薬
そして入院すると、医者に「薬はどうしますか?」と聞かれたので、「全部効かないからやめたいです」と言いました。
このころネットで断薬をして症状がよくなった人の記事を複数読んでいたからです。なんの根拠もなかったのですが断薬をすることにしました。
断薬は最初の方は楽でした。リチウムやバルプロ酸を抜いても全く変化がありませんでした。そもそも効いていなかったのです。
こうして私の断薬は始まったのです。このときはこれから地獄が来るなどとは思ってもみませんでした。