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女性の権利はトランスジェンダーの権利と引き換えなのか① ギャグルール

話題は引き続き、何故かアメリカ。といっても、私の書き溜め癖がひどくて今はまだ2024年12月で大統領選からまだそれほど日が経っていない上に、今回の選挙は非常に象徴的だったので題材にしようと思う。

私がまともにアメリカの政治学に触れたのは大学だった。触れたと言ってもフェザータッチに過ぎないが、今から10年前は共和党の支持者というと白人の富裕層で、民主党の支持者は労働者階級のイメージだった。イギリスの保守党がアメリカの共和党だとすると、労働党が民主党といった感じだろうか。しかし、どうやらこの数年で支持層は入れ替わっているような気がする。

2016年の大統領選関連のニュースで、メキシコからの不法移民によって実際に損害を受けている白人男性がインタビューをうけていた。その男性が言うには不法移民が夜中に移動するときに飼っている家畜を驚かしてしまい、パニックで逃げ出す家畜が後を絶たないという。そのころ日本ではトランプ氏の人種差別的発言ばかり取り上げられていた。インタビュー内でも「トランプ氏の人種差別はどう思うか」と男性に聞いていたが、背に腹はかえられない、が答えだった。その男性は労働者階級で、それまでは民主党に投票していた。

当時の大統領選の民主党候補はヒラリー・クリントン氏で、日本のテレビでは「トランプ氏に投票するなんておかしい」という見解がほとんどだったこともあり、結果が出る前からメディアは「アメリカ初の女性大統領が誕生する」と決めつけていた。私も当時はトランスジェンダリズムのことは何も知らなかったし、何よりひとつでも多くの国のリーダーが女性になってほしいと思っていたので、ヒラリー氏を贔屓目で見ていたと思う。

私は2016年以降の大統領選でアメリカの女性差別がいかに根深いかを考え直した。2016年でいうと、たしかにヒラリー氏には目新しい部分はなかったかもしれない。夫の印象も悪いし、彼女自身にミシェル・オバマ氏のように貧困層から這い上がった背景もない。しかし、それにしてもピザゲートをはじめ、彼女の印象が悪くなるような報道が出るタイミングが完璧で、その影響は凄まじかった。2020年以降大統領になったバイデン氏にも選挙時に息子絡みのスキャンダルがあり、トランプ氏も女性に対する性的暴行で有罪判決を受けているが、ピザゲートほど話題にはならなかった印象だ。しかも、ピザゲートは陰謀論であったにも関わらず、だ。

ヒラリー氏が敗北宣言で「ガラスの天井」に言及したように、女性であること自体が職場で不利に働く事実が存在することは明白だ。アメリカ在住の方々によると「女性に投票したら男らしくないから」と言って同性の候補者に投票する男性も少なくないらしい。昨年のカマラ氏の敗因は詳しく知らないが、この様子だとアメリカで女性大統領が誕生する日はかなり遠いような気がする。

女性大統領アレルギーもさることながら、私がアメリカの女性差別が先進国のなかでも日本と同じくらい深刻だと思う理由のひとつに人工中絶の権利がある。2020年に合衆国憲法が人工中絶の権利を保障している根拠とされていた約50年前の判決が最高裁によって覆され、大きなニュースになった。これはトランプ前政権が最高裁判事の派閥の割合に細工を施した影響によるもので、結果として中絶が事実上不可能になる州が出てきた。アメリカ国内でプロライフ派とプロチョイス派が長年激しく対立していることは知っていたが、まさかじわじわと保守的な判事の割合を変えて憲法を覆すほどとは。

アメリカの中絶の歴史や現在に関しては『「女性の痛み」はなぜ無視されるのか』(晶文社、2022年)に言及したいと思う。著者のアヌシェイ・フセインはバングラデシュ出身の女性で、移住先のアメリカで長年女性の権利に関する法案の作成に関わっていた。本作は出産時に死にかけた彼女自身の経験からアメリカ医療における女性差別がいかに根深く、深刻かを読み解くものになっている。

著者は民主党支持者らしく、本の冒頭でさっそく女性はトランスジェンダーを含むと書いてあるので、まぁそういうことだが、女性の定義に関してはそれ以上の掘り下げはない。何より本の主題は妊娠・出産なので必然的に生物学的女性しか関係ない。読んでいて大きなストレスは感じないと思う。

作中ではまずアメリカにおける人工中絶について解説している。私が言葉をなくしたのは、共和党が導入している「グローバル・ギャグ・ルール(GGR)」の実態だ。GGRは米国の国際開発政策の一部で、米国から資金援助を受けている海外の団体は、中絶を実施したり、中絶が可能なクリニックを紹介することができない。この表向きの情報だけでも十分過激だと思うが、内情はさらに酷く、活動中に「中絶」という言葉を使っただけで援助を断たれるという。トランプ前政権下においてGGRの範囲は拡大し、米国以外から資金援助を受けている団体もこの口封じ政策の対象になった。

ほとんどの団体が米国の資金援助なしでは活動が困難になるので、特に発展途上国ではクリニックの閉鎖が相次ぎ、ヤミ中絶が増えた。GGRは共和党が政権を取る度に導入され、民主党が撤回するを繰り返している。ということは、トランプ次期政権でまた導入されることはほぼ確実で、しかも更に締め付けが厳しくなるかもしれない。

恥ずかしながら、私はGGRの存在自体を全く知らなかった。

(次の記事に続く)