トランスジェンダーというカルト 13 願望
カムアウトをきっかけに、私は元夫がいかに今までの人生で人から注目されたことがなかったかを知ったと思う。両親には息子の彼より熱中するものが常に存在し、本人は目立ちたくはないけど他人とは違っていたい。けれど、他人より秀でている特徴がない。父親から教え込まれたような男らしい男性にもなれなかったし、高額な学費の割にはキャリアエリートにもなれなかった。しかし、私は彼がいつもどこかで注目されることを望んでいたと思っている。
以前の記事で書いたように、見込みもないのにゲーム実況者になると言い始めたときは、暗いくせに意外と目立ちたがり屋なんだなと若干引いた。配信用に緑の布を買って毎日配信をする気合の入れようだったが、あまりの視聴数の伸びなさに心が折れたのか、2週間ほどで辞めていた記憶だ。そのとき、彼は友人に「可愛い女の子でもないと人を集められない」とダサいメッセージを送っていた。日本でゲーム実況というと音声だけが多いと思うが、こちらの実況者は画面の端に自身を映す。特に女性ゲーマーは、ゲーム画面より自身の姿の方が大きいことを揶揄されることもある。
配信者の容姿は良いに越したことはないかもしれない。人気女性ゲーマーたちを男性ゲーマーたちと比べると、たしかに容姿平均値が高い気がする。ネットのナードたちの言い分によると「女性ゲーマーは技術で劣る分、容姿や露出で視聴者を増やしている」らしい。一方で、ゲーム実況者の女性の大半が視聴者からのセクハラを経験したことがあるという事実も存在する。セクハラということは彼女たちが嫌な思いをしているということだ。だが、元夫のようなナードは、それでも「女であるだけ」で得をすると考える。
今まで注目されたことがない人間が注目を集めると、あらゆる物事に対して盲目になる。ある日、彼が鼻息荒く帰ってきてこう言った。「今朝の電車でこっちをじっと見つめてくる男がいた。私が綺麗すぎて見惚れてたんだろうね。」彼はホルモン治療を始めて完全な女になったつもりだったが、体が骨格ごと変わるはずもなく、体格は男性のままだ。元々細身なので遠目で見たら分からないかもしれないが、こちらでも180cmちかい女性はそうそう居ない。しかも電車内の距離。じろじろ見られて当然だと思う。
それか、私の想像だと、その人は彼がノーブラだと気づいて驚いたのかもしれない。彼は医者から診断が下りて1ヶ月後くらいから、ブラジャーをしなくなった。本人に理由を聞くと、面倒だし必要ないからと言う。たしかにホルモン剤投与後、胸は出てきたがブラジャーに収納するほどではなかった。しかし、ホルモン剤の影響で彼の乳首は肥大化していたので、誰が見てもノーブラとわかる状態だった。女の私でも、街でノーブラの女性を見かけると少し驚いてしまう。想像してみた。男性っぽいけど女性の格好をしている180cmの人がノーブラで電車に乗っている。私もチラッと見てしまうと思う。
だが、彼の目には全てが薔薇色に見える。どんな理由であれ、注目されることが嬉しい。女として見られることが幸せに直結している。こんなこともあった。車でスーパーに買い出しに出かけたとき、車内の荷物を取るために彼が屈んだ。そのとき、私は彼の下着が丸見えであることに気づいた。合わないサイズのワンピースを着て屈んでいるのだから当然だ。私はギョッとして、それを指摘した。すると彼は慌てることもなく、これでいいんだと言う。スーパーの駐車場のど真ん中でパンツを丸出しにしている状況のどこがいいんだと思ったのと同時に、もしかして彼は見せたがっているのかとすら疑った。私が以前、彼にスカートのサイズが合っていない(短すぎる)と指摘したとき、彼は「脚には自信がある」と言っていた。すれ違う人が見るのは脚の綺麗さではなく下半身の露出具合だろうが、彼にとってはそんなことどうでもいいのだ。
人々の視線を享受している一方で、彼は女として見られることの「警戒心」も育んでいた。電車から車通勤に変えた直後、彼は私に「性犯罪者に襲われちゃうかもしれないから、車の鍵はいつもかけとかないとね」と言った。私は臆病者の彼が車に乗っている時、いつも鍵をかけていたことを知っているし、鍵をかけたところで、こちらでは強盗がバイクで車に近寄ってきて、後部座席の窓ガラスを割って貴重品を盗む。鍵くらいで防犯の効果がさほど変わらないことくらい、彼も分かっていたはずだ。「自分は襲われるくらい美しい」直感的に、私は彼がそう言いたかったのだろうと思った。
私は性被害に遭うまで、「自衛」という概念を知らなかった。親は短いスカートを履けば危ないと言うし、学校では毎日のように通学路に出る露出狂に気を付けろと言われるが、私は実際に性暴力を経験するまで、容姿の良い人しか性被害は受けないと思っていた。自分には縁がない、と。しかし、それは大間違いで、性被害の半数以上は顔見知りによるもので、服装を含めた見た目と性暴力は関係ない。
吐き気がした。彼が自慢げに「女になったから襲われるかもしれない」と言ったことに、とてつもない怒りを感じた。彼の中の偏見、性犯罪=美女が見ず知らずの人に襲われる、は知識不足だったとしても、女性が嬉々として防犯対策をしている、女だから防犯する、という思い込みは認知の歪み以外の何でもない。私はこの歪みもまた、彼の男性としての劣等感から由来すると考える。彼はちょっとの物音でビビる臆病者だったが、男性である以上、「怖い」と口にできなかった。少なくとも私の前であからさまに怖がることはなかった。
しかし、女という免罪符を手に入れてからは、より表に出せる感情が増えたのだろう。悲しい、怖い、落ち込んでいる、泣き言・・・どれも彼は男性を名乗っているときに隠していた。彼は「女になれば、男であったばかりに露わにできなかった感情を出せる」と、どこかで思っていたのではないか。私はどうしてもそう考えてしまう。
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