トランスジェンダーというカルト15 家庭内別居
ある日、私は偽ジェラピケパジャマを着る元夫にブチ切れた。その姿で家の中を彷徨かれることにはもちろん苛ついていたが、同じベッドで寝なければいけないことに急に耐えられなくなった。遠回しに「ベッドが狭いから別々で寝よう」と提案すると、「寝室を別にしたら夫婦として終わりだ」と言う。限界だった私は「そんなに女装がしたければ1人で寝ろ」とはっきり言った。
もちろん、彼にとって大事なのは彼自身だけで、私がどう感じるかよりも、私に一緒に寝たくないと拒絶されたことに対して怒っていた。よほどショックだったらしい。何も言わずに自分の部屋にマットレスと布団を搬入すると、それから家庭内別居の状態が始まった。当時は引っ越したばかりで、リビングに家具が一切なかった。ダイニングテーブルすらなかったので、食事はそれぞれの部屋で取っていた。寝るところも別になれば、もう生活を共にしているとはいえない。
元夫には親しい友人が数人いた。親友の1人に小太りの白人がいて、私は初対面のときからその人のことが好きじゃなかった。性格は暗いくせに少し攻撃的というか、いけ好かない感じが気に食わなかった。たしか、もともと同僚だったが趣味が合うので、友人関係に発展したと言っていた。その親友は地元から出たことがなく、ずっと実家暮らしで、学生時代から長年付き合っている彼女がいた。結婚も考えていると言っていたので、誠実な人間なのだろうという印象もあった。
元夫はカムアウトからしばらくすると、身近な人達から距離を置かれることが多くなった。私が気づいた範囲で話すと、唯一態度が変わらなかったのはその親友だけだったと思う。寝る場所が別々になってからそれほど経たないうちに、私は彼の部屋が最近やたらと静かなことに気づいた。いつもは友達とオンラインゲームをして大騒ぎをしているのに、何かおかしい。
違和感を覚えてすぐに、彼がその親友と頻繁に長電話をしているところも目についた。趣味の話で盛り上がっていることはよく見かけていたが、以前と比べると様子がおかしいというか、まるで恋人のような距離感だと思った。イヤホンをしているので会話自体は分からないが、彼が話す声は聞こえる。かわいこぶって話す様子は、一昔前の女性を参考にしたようだった。
別の日に彼の部屋に行くと、スマホ片手にマットレスの上に横たわっている。私がいることに気付いていないようだった。イヤホンをしていないスマホからは男の呻くような声が聞こえる。何の音と聞いても、はぐらかされた。この出来事は2回あった。いつもは気になることがあったらとことん追求するが、得体の知らない音の気味の悪さに私は彼を問い詰めなかった。
しかし、その正体はすぐに判明する。カムアウトから半年ほど経ち、彼は私にこう言った。「ホルモン治療を始めて女になってから、色々変化があった。最初は夫婦関係は変わらないと思っていたけれど、女になった今、恋愛対象が男性になった。永住権の申請には協力するから、自分と親友との恋人関係を認めてほしい。性別を根本的に変えるための書類、Gender Recognition Certificateの発行にはパートナーの同意が必要だけど、君が協力するつもりのないことは知っている。離婚は永住権取得後で、その代わりに財産分与はお互い一切求めない。」
そんなことだろうとは思っていたが、やはり彼らはテレフォンセックスをするような関係になっていた。丁寧な口調でお願いをしてきたが、私にとって彼の提案は単なる脅しだ。交換条件を持ちかけたのは、離婚後の争いを防ぐためだ。英国で離婚する場合、必ず書類に財産分与の有無を問うセクションがある。しかしそこで財産分与をしないと宣言しても、別の『Clean Break』という誓約書に同意しない限り、離婚後も相手に金銭的要求を申し立てることが可能だ。彼は結婚している身でありながら、他の人と関係をもつことは離婚にとって不利と分かっている。けれど私のビザを人質にとることで、それを潜り抜けようとした。
彼は私が拒否できないと分かっていながら、合意を求めた。本当に自分勝手で臆病な卑怯者だと思った。何者にもなれなかった人間が急に注目を集めると、こうも免罪符片手に大立ち回りするのか。彼の本性を知ったとき、私は彼に「理解」を示している人間たちがそっくりそのまま丸ごと偽善者であることを学んだ。彼が悲劇のヒロインに成り上がった一方で、私はどうか。女という性別を通して侮辱され、しまいには生活の基盤を揺すられている。
私はイエスと言うしかなかった。こんなくだらない変態野郎に構って時間を無駄にしたくない。あと1年半だけ我慢すれば自由になれるのだから、それまで耐え凌ごうと覚悟した。だが、私は元夫の浅はかさを過小評価していた。お互い離婚の意思はあれど、彼のなかに私に対する最低限のモラルとリスペクトは残っているだろうと思っていた。今考えると、女を侮辱する体質の悪魔がそんなはずないのだが、ストレスというものは判断力をつくづく鈍らせる。
私の同意を得た彼は、何をしてもいいと勘違いしていた。私がリビングやキッチンなどの共同スペースにいても、お構いなしに彼氏と四六時中ビデオ通話をするようになった。キッチンを使っている最中、カメラをオンにしたまま携帯を壁に立てかけてトイレに行く。カメラには私や生活スペースの一部、下着を含めた私の洗濯物がうつる。怒りと軽蔑のあまり、言葉が喉を通らなかった。
振り返ってみると、彼には自閉症のような症状が多かった。彼の中では文字通り、私の同意を得ているから問題ないと思っていたのだろう。相手がどう思うかなど彼のなかの「ルール」より重要ではない。黙って自分の部屋に帰る私を不思議そうに見るのだ。それ以降、なるべく彼と一緒の空間にいないようにしていたが、私が洗濯物をしようとキッチンにいると空気を読まずに入ってくる。悪魔を視界に入れないように俯いたまま洗濯機の前で屈むと、彼がスマホを洗濯機の上の台に置いていることに気づいた。スマホには私の顔がドアップで写っている。私は黙って画面を下にしてスマホをガンッと伏せた。
その様子を見た彼は、初めて私が不快な思いをしていることに気づいたらしい。あとでかけ直すと言って電話を切ると、自分の部屋に戻った私に「嫌ならそう言えばいいのに」と言った。馬鹿が移ると困るので、私は振り向きもしなかった。
こんなこともあった。私が再就職し、仕事に出かけていたときの出来事だ。私の留守中に大家の彼氏がメンテナンスのために家に来たと言う。大家は家に入る用事があるときは事前に連絡をくれていたので、そのことを知らない私はリビングに洗濯物を干していた。もちろん下着も含まれる。「まさかこのままの状態の家にあげたのか」と彼に聞くと、そうだと言う。私は「下着が干してあるのにどうして私に知らせなかったんだ」と怒鳴った。すると、彼はヘラヘラしながら「下着なんてみんな持っている」と答える。怒り心頭のあまり意識が遠のきながら「へぇ、女のくせに下着を見られることが平気なんだね」と言うと、「自分は平気」だそうだ。
それもそのはず、彼の願望は他人から女として性的に見られることだからだ。生理も性的被害を受けることも、彼にとってはすべて「女の特権」だ。冴えない男性としての人生だって、女になればたちまち「困難を乗り越えた勇敢な人」になる。下着だって見られてナンボだ。
私にとって家はもはや安全な場所ではなくなっていた。エゴモンスターとその住処で、はたして自分は1年半も耐えられるか。徐々に自信をなくしていった。
(次の記事に続く)