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うたかたの…

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短編…より短いかな。小話かな 詩…とか、心のささやきとか
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#ショートショート

『今日のアナタは他人のフリ』

ある朝目が覚めたら、置き去りにされていた。 わたしの。わたしの専用の飲料水のボトルが、冷蔵庫から出され、シンクの上で汗をかいていたのだ。 考えるに、夜中に目覚めた夫が、冷蔵庫の奥に重ねられている小さめの清涼飲料水をとるため、手前にあったわたしのボトルを取り出してシンクに置いたのだろう。喉を潤し、渇きを満たした夫の脳はさぞ満足したことだろう。それゆえ、シンクの上に取り置いたわたしのボトルの存在など、脳裏からかき消され、ひょっとしたら急激に冷やされた食道以下腹部あたりに刺激が走

フェミニン石化

女は愛されないと「石」になってしまうのよ 身も心も頑なになって、柔和さを失うの 内からも外からも、なにも受け入れられなくなってしまう… 「最近おっぱいが固くなった気がするの」 これは別に誘い文句じゃないわ 孤独な女の独り言…でも、そうね、あなたの前で呟いたのには少し、意図があったのかもしれない 「おっパイが硬い? それってどういうこと」 「年齢が行くと、触れられなくなるでしょ。だからなんだか、そんな気がするだけ」 「へぇ、じゃぁ確かめてみようか?」 なんとなく、店に入っ

失恋冷蔵庫

「はぁ…」 なにもする気がしない。 気分はまるで出がらしのお茶、もしくは油の残ったフライパン。 だって、まったく気力が湧いてこないじゃない? わたしを慰めるもの…今となっては、冷蔵庫の機械音だけね。 こんな時でさえお腹がすく。でも今は、冷蔵庫のあの灯りさえ見たくない。 暗くていいわ。光の中に身を置きたくない。 Bu・・・・nn・・ 「なによ。なんか文句ある?」 冷蔵庫に話しかけても、虚しいだけね。 「ぁぁ…」 涙も出やしない。 Bu・・・・nn・・ 「だから、う

二重人格バナナ

ちゅ~も~く! オレがだれか? 見りゃわかるだろう そうだ、バナナだ! うまそうだ ボディを飾る斑点は食べごろサイン おおっと、迂闊に触ると傷んじまうぜ いつも気になる「甘さ」と「固さ」 産地、ブランドで値段もピンキリ 昔は病人にしか食べてもらえなかった 時には叩かれながら売られたこともある だれも聞かない部位の名称 上から「クラウン」「ネック」… 湾曲して行った先の黒いのが「フィンガーティップ」だ まだまだオマエを虜にできる バナナには王様だっているんだぜ だ

しゃべるピアノ

わたしはピアノ。 これまでオーケストラで素晴らしい音楽を奏でて来た有名な、グランドピアノである。 次のお仕事は、さて…ウィーン? ベルリン?  イギリス? フランス? イタリア、オランダ、チェコ? どこ!? まぁ、どこでもいい。 さぞ素晴らしいところだろう。 え? 塗り替え? いや~参るな~。またモテちゃうな~。 だってイケぴあだし、漆黒のオレ。 ところ変わってと某ショッピングモール。 そしてストリートピアノのために設置された漆こ…しっ…えぁ!? 漆黒ちゃうやん、ゼ

しゃべるピアノ

「ね、ちょっと。そこの…そこのおにーさん」 誰もいないはずのホールの上から声がする。 「ぁ聞こえた?」 「ハイ…?」 「ねぇピアノ弾いてみなぁい?」 妙に艶っぽい声だ。 「ぴあの?」 「そう、そう、ピアノ」 言われて振り返ると舞台上にグランドピアノ。 「あぁ~ん。そっちじゃない! こっち」 どうやら声は舞台袖からするようだ。 「そうそ、こっち。あたしよ」 舞台袖、壁際の暗がりに木造のラップピアノが見える。 「あたし? え、ピアノ?」 「だからそう言ってるじゃない?」 確かにピ

坊さん・・・ではなく、

それは大晦日のことでした 元旦早々から長くを空けることになるので、 子どもたちは唯一共通の宿題である「書き初め」を和室で行っておりました  畳を汚されちゃいけないと、部屋一面に新聞紙を惜しむことなく敷き詰め、 「紙が無ければそこに練習しなさい」ってなくらいに厚く隅々まで … しかし、やはり事件は起きてしまったのです なんと、母のお気に入りの襖に、梵字のような墨が一点 誰(というか、どっち)? 聞きましても夢中で覚えておらず 母親は見なかったことにした