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実家からの帰り道、高速道路を走っていると、わたしはいつも「このひとでよかった」と運転する夫の横顔に安堵する。特になにがあるわけではない、ただの帰省の途中だ。それでもいつも、帰り道でふと思い出しては、その都度再認識するのだ。 結婚すると、ときめきや恋心は「失われる」というが、自分はどうだろうかと自問する。そして「まだ大丈夫。わたしはこのひとが好きだ」と、自分の心の声に安心した。そんなことをしてしまうのは、自分の気持ちがいちばん信用ならないと思っているからかもしれない。 自分
わたしの母方の生家は、昔から代々続く由緒ある家柄で、いまだ跡取り問題で親戚中が神経をすり減らす風習が続いていた。 今現在は母の弟である長男〈源一郎(70)〉が当主を名乗っている。源一郎には息子が三人おり、次の当主は当然長男〈源太(40)〉となるのだが、源一郎の正妻に対する仕打ちに腹を立て家を出た切り戻っていない。しかも彼は相続放棄の手続きを済ませ本家との縁を切ったという噂がある。次男〈郷太〉は幼くして病死、三男〈甚太(34)〉はなにをしたのか服役中で、当然ながら除外。源一
「あたしたちって、夫婦なのよね?」 パソコンの画面に夢中の彼の顔を覗き込こむ。 彼はきょとんとして、彼女を見返し、 「なに言ってんの?」とすぐにパソコンに目を落とした。 彼女は目線をそのままに、 「実感あるの?」と更に問いかける。 彼はパソコンの手を止め、 「あるよ」と彼女に目を移す。 「ふーん。どんな?」 いまさらながらな質問を投げかけておきながら、 バツが悪そうに視線をそらす彼女。 ダイニングチェアにもたれ、天井を仰ぐ。 「たとえば、こうして帰っ
「なかなかよさそうな人じゃない」 どこにでもありそうな狭いBarのカウンターで、折れそうなほど細っこい肢体を揺らしながらグラスを磨いている、昔好きだった男に今つきあっている彼氏を引き合わせたときの感想…が、これだった。 「わたしはあなたと泥沼のような恋がしたかった」 そう言ったらこの男はきっと失笑し『まさか』と笑うだろう。そのくらいわたしとこの男は年の差がひらいている、憎らしいほどかわいい男。 「彼ならきっといっちゃんのこと大事にしてくれるよ」 年下なのにこの上からの物言い
送ってくれるはずの車は、一歩エントランスを出た隙に後姿を遠ざけた。そう、姿を黙認しつつ、無情にも走り出したのだ。 (またやった・・・) そう、初めてじゃない。小走りに追いかけるわたしの滑稽な姿に、運転席の彼がほくそ笑んでいるのが目に浮かぶようだ。もちろんそのまま走り出していくわけではないことも知ってる。困惑するこちらの姿を見て楽しんでいるのだ。 案の定、数キロ先で車のお尻は赤く光って止まった。そしてカチカチと点灯する両えくぼが、これまた惨めさ加減を増幅させる笑顔にすら見
遠い昔、恋に恋していた頃、6月18日が金曜日だったあの日… わたしは大好きだった彼の車の助手席にいた 恥ずかしさで真っ赤な顔はうつむいたまま、膝の上で固くbagを握りしめて やっとの思いで取り付けたデートの約束だったのに… なのに、髪型はいまいちだし、服もダサいし、あ〜全部! 罪悪感と羞恥心でいっぱいだった 「なんでオレ?」ちょっとやんちゃな彼は微笑む (そうだよね…わたしみたいな地味な子、興味無いよね…) いつも自販機の前ですれ違う、豪快に笑う、そんなあなたに恋したの
彼は、いつもニコニコ笑っていた。 時代も時代なら、田舎町の学校に、支援級はなかった。 だから彼は、一日の授業のうちのほとんどを保健室で過ごしていた。 だけど誰も彼のことを気持ち悪がったり、仲間はずれにしたりする者はいなかった。 田舎は、いろいろと遅れている部分があるかもしれないが、そういうところは遅れていてもいいと思った。 遅れているから「いじめ」がないのかといえば、そういうわけではない。 家族ぐるみ、学校ぐるみ、地域ぐるみで子育てをするような土地だったので、みん