知的アンカラガイド『トルコ100年の歴史を歩く』読了
<概要>
トルコの首都アンカラ在住の著者が2023年トルコ共和国建国100周年にあたって、アンカラをテーマにトルコの歴史・地理・文化・政治経済を網羅的に扱った新書。
<コメント>
昨年2023年はトルコ共和国建国100年ということで、イスタンブールによりがちなトルコではなく、トルコ共和国の首都アンカラを主役にした現代トルコの生き様を本書で味わうことができます。
ただし「読み物そのもの」としては、ちょっとダルな印象。
地区ごとに大使館があるとかないとか、本屋があるとかないとか、美味い店がここにあるとか、政党がこれだけあるとか、事実をそのまま羅列するような内容も多く、読んでいて物語性を感じないので、残念ながら読んでいて飽きてきてしまうのです。
ただし、アンカラに行ったことがある方、これからアンカラに行こうと思っている方、現代トルコに興味ある方にとっては、アンカラ徘徊ガイド本として、何かと役に立つ本かもしれません。
⒈トルコ共和国は、なぜアンカラを首都にしたのか
かつてのアンカラを中心とするエリアは、古代ヒッタイト王国が栄えたエリアとして世界的に有名ではあります。
昨年2023年12月ツアーに参加したエジプトの古代エジプト王国も、ラムセス二世の時代にヒッタイト王国と戦争し(カデシュの戦い)、BC1269年ごろに世界初の平和条約を締結したことでも世界史的には有名な古代国家です。
ヒッタイト王国が滅んでからは、世界史的に特に有名なエリアでもなかったのですが、トルコ共和国建国のリーダー、ムスタファ・ケマル(アタトゥルク)が1919年にアンカラを拠点としたところから、今に至るまで近代トルコの中心となったのです。
なぜ、アタトゥルクはアンカラを拠点→首都にしたのでしょう。
まずは、600年続いたオスマン帝国の呪縛をなんとか逃れ、押し迫る西欧列強やロシア(&ソ連)に対抗してトルコ系民族の独立を死守すべく、イスタンブール、つまりオスマン帝国の影響の及ばないアナトリア地方中心の内陸の場所を選んだのでしょう。
本書によれば、軍事戦略上もアナトリア半島のヘソみたいな場所でちょうどよく、さらにアンカラ市民もアタトゥルクに協力的だったことも影響しているとのこと。
ちなみにアタトゥルク自身は、ギリシア領テッサロニキ出身だから、アンカラは縁もゆかりのない場所です。
⒉アンカラで英雄視されるアタトゥルク
「トルコの父」の意味でもある「アタトゥルク」は、アンカラを拠点とし、さらに首都にしたことからも今でもアンカラ市民に大人気。
旧オスマンが民族自立や西欧列強の分割統治で瓦解していく中、世界中に生きるトルコ系民族の中でも唯一、まとまった形で独立を果たしたのが今のトルコであり、そのリーダーがアタトゥルク。
トルコ人の間では、国をまとめて他国から独立を死守するためには、独裁的であってもアタトゥルクのような強力なリーダーが必要、との認識が浸透しているらしい。
近代オスマン帝国も日本と同様、近代化に向けてイスラームと西洋化の両立をはかるべくスルタン中心に様々な取り組みを行なっていた一方、アタトゥルクはイスラームとの完全な決別が必要だとのポリシーに基づき、西欧文化への同化政策=世俗主義を推進。
⒊イスラームへの揺り戻しが加速するエルドアンの現代トルコ
一方で極端な世俗主義によってトルコ人の99%を占めるともいわれるイスラーム教徒の慣習や生活を拒絶されることで抑圧を感じる人々も多く、今のエルドアン大統領になって、その不満が露呈し、イスラーム化への動きが加速。
イスタンブールのアヤ・ソフィアが博物館からモスクに戻ったのは象徴的です。
ただしアンカラ郊外ではイスラームに忠実な保守層?が多く、アンカラのエセンボア空港近くのケチオラン地区においては、特にエルドアン大統領の人気が高いらしい。
【貧民街をほぼ駆逐したエルドアン】
個人的に、さすがだなと思ったのはメキシコやブラジル、南アフリカなど、中進国にありがちな都市への人口流入の結果としての貧民街が、エルドアンの都市開発政策によって現代的・かつ合法的な集合住宅に転換していることです。
トルコではこのような貧民街=違法住宅街のことをゲジェコンドゥ(「一晩で建てた小屋」の意)といい、アンカラ含む大都市が人口増するにつれて次第に多くの人が大都市郊外もしくは大都市以外の県から流入し、一般の住宅に住めなかった人たちが違法に建てた小屋、つまりゲジェコンドゥに集積。
1960年代の調査によるとアンカラの家の64%がゲジェコンドゥだったという。
このゲジェコンドゥ問題を概ね解決させたのがエルドアン率いる公正発展党がすすめた都市化計画。
公正発展党は集合住宅開発局(YOKI)を立ち上げ、ゲジェコンドゥを一掃するとともに、ゲジェコンドゥに住んでいた住民のために、同じ地域に清潔で見た目も良いマンションを建築し、安価で提供したのです。
これはアンカラだけでなく、イズミルやイスタンブールでも同様で、多くの地域でゲジェコンドゥが大幅に消滅。
以上、自分が関心のある箇所だけをピックアップしましたが、本書はアンカラに観光またはビジネス等で利用する機会のある方にとっては、読んでおいても損はしない新書です。
*写真:アタトゥルク独立戦争博物館「アタトゥルク像」