「絶望を希望に変える経済学」A・V・バナジー著 書評
<概要>
旧来の経済学の成果としての「理」のエコノ的考察に、行動経済学の成果としての「情」のヒューマン的考察を加味しつつ、世界中の社会的実験に基づくエヴィデンスをもとに、机上の空論ではない現実的な成果を得やすい具体的な経済政策について提言した開発経済学者の著作。
<コメント>
2020年に日経新聞上で、エコノミストが進める本ナンバーワンに輝いた、ノーベル経済学賞受賞者(2019年)の著作読了。
なお、ノーベル経済学賞は、本当のノーベル賞ではありません。
著者アビジット・V・バナジー(インド人)は、アジア人としてアマルティア・セン(インド人)に続く、二人目の受賞者。
さて、本書は著者がノーベル経済学賞受賞後初の著作ということで相当注目されたらしい。そして日本のエコノミストがこの年のナンバーワンに選んだということで、じっくり読ませていただきました。
通読した結果、最近のこの手の本の傾向に漏れず、行動経済学の成果も存分に引用されていますし、何と言っても「わからないことはわからない」「経済はそんな単純なものではない」「机上の空論なんて意味がない」という誠実なスタンスが、同業者に共感を生んだのかもしれません。
昨今の我々庶民含むマスメディアは、専門家に対して何でも「簡単で明快な結論を求めすぎる」ように感じます。
未来は誰にもわからないし、この世の中は、あらゆる偶然が積み重なった複雑系の世界であり、数学のように因果関係で完結する世界では全くありません。
著者曰く
一方で「何でも理屈がある」と考えてしまうのは、生物学的には人間ならではの本性であって、生存のための武器としての「ホモ・サピエンスの強み」でもあり、これは致し方ないかもしれません。
でも著者は誠実なので、正直にわからないことはわからないし、エビデンスのないものはないとしか言いようがない、と言います。そしてそれでも、パーツ・パーツではちゃんとエビデンス(=事実)に基づく仮説(=事実の解釈)はあるんだよ、と提言しています。
詳細は別途展開しますが、面白かったのは、いくら経済学者が意見を言っても世間では全く通らない場合があるということ(ワクチン接種に反対する人も同じか?)。
(実際には、ブレグジットは経済的な問題だけでなく、ナショナルアイデンティティの問題を含むので損得勘定だけでない英国民の総合的な判断でしょうから、そう簡単ではないとは思いますが。。。)
ここでも著者は、数多の哲学者と同じような考えに言及しています。結局、いつの時代もどこでも通用する普遍的な結論はないのであって、大切なのは、その時その場ごとの結論を導き出すためのプロセス、というか思考方法。
そして、忘れてはいけないのは「誰もが認められたい」という承認欲求。つまり経済学であってもまずは「人間の尊厳」を基本に仮説を唱えるべきと言います(この辺りは哲学者ヘーゲルと一緒ですね)。
別途、本書で繰り広げられる以下テーマについては、追って展開しようと思っています。
■移民問題 :移民は、実はさまざまな効果を移民先の国家にもたらす
■自由貿易の可否:自由貿易の効果は思ったほどではない
■経済成長の法則:法則は不明だが、いくつかの効果的な対策はあり
■気候変動問題 :温暖化防止に向けた効果的な対策の紹介
■貧困問題 :超富裕層への課税強化や、ベーシックインカムの是非等
■政府の役割 :経済への効果的な政治の関わり方の紹介
*写真:北海道、ニセコアンヌプリスキー場(2022年撮影)