「ヒト」と「シャチ」と「ゾウ」に共通する能力とは?
今『文化がヒトを進化させた』(ジョセフ・ヘンリック著)という「遺伝だけでなく文化的蓄積と遺伝の共進化によって人間は繁栄した」という仮説に関する著作を読んでいます。
まだ通読中ですが、この中で興味深いエピソードがあってので先に紹介。
実はほとんどの動物は、生殖能力がなくなるタイミングが寿命の尽きるタイミングです。知能の高いチンパンジーでも、知能がそこそこのサケでも皆同じです。
進化論的には、これは当然で「生き物の目的は個体維持と繁殖」なので、繁殖できなければ生き物としての価値はなくなるわけですから。
しかし、生殖能力がなくなってもその後長く生きる種がほんの少しだけ存在しているのです。その代表格が人間。
⒈おばあちゃん仮説とは
生物学には「おばあちゃん仮説」というのがあって、人間の女性は閉経後もおおよそ20〜30年ぐらい生きるのですが、それではなぜ生殖能力がなくなっても人間のメスは、生き続けるのでしょうか?(以下も参照)
それは「おばあちゃん」という存在が、人間という種の繁殖能力に貢献しているから、となります。
「子を産む」というカタチでの直接的な繁殖には貢献できなくても、おばあちゃんの子育ての知識だとか、子供達を健康に成長させる知恵だとか、子育てそのものに参画するだとか、どの場所に食糧となる野草が生えているだだとか、人間の生存に必要なノウハウを持っているおばあちゃんは間接的に個体数の増大に貢献しています。
つまり、おばあちゃんのいる共同体の方が繁殖・生存能力が高い共同体となりうる、ということ。
これはおばあちゃんだけでなく、おじいさんも同様で原始狩猟採集社会では、年輩者に敬意を払ってその教えに従う、という共同体が大半だったという結果に。
つまり、年輩者の知恵や経験が、共同体の繁栄と維持に役立つから。
逆に年輩者の知力が低下したりして役立たずになった場合は、途端にしてその共同体の成員から敬意を払われなくなってしまう、というのは、民族誌的文献から明らかになっているそう。
(これもどうか、と思いますが生きるか死ぬかのぎりぎりで生きる原始狩猟採集社会においては、このような価値観は致し方ないのかもしれません)
⒉人間以外の動物でも「おばあちゃん仮説」が成り立つ事例
人間以外で、生殖能力がなくなっても長く生きる動物はごく少数ですがいます。それはシャチなどのハクジラ系の一部とゾウ。
⑴シャチの漁法は本能からではなく「知的財産の継承」から
一般的に動物が食料を手にするための行動(狩をする、草をはむなど)は、ほとんどが先天的能力、つまり遺伝によるもの=本能です。
ところが(個人的に昔から不思議だったのですが)、シャチに関してはこれが当てはまらないのです。世界中の海に棲息しているシャチは、それぞれの環境に合わせて独自の漁の方法を編み出している。そしてその漁法を群れで共有し、継承し、しかも改善!!しているのです。
シャチの場合は、閉経後も25年間生きると推定されています。ある海域ではゾウアザラシやアシカの子を狩る方法を母親シャチが子供のシャチに教える様子が確認されているそう。
30歳を超えたオスでさえ、その母親と一緒に群れにいると生存率が高まることが確認されているとも言われています。
つまり母系集団であるシャチのメスは生殖能力がなくなっても、狩猟方法を子供達に継承する役割を担っているので、確実にその群れの維持と繁殖に貢献しているのです。
そして集団で共有した漁法を継承し、新たな漁法が見つかれば、またそれを共有するという、高度な能力を持っているのがシャチ。まさにナレッジマネジメントに長けているのがシャチなのです。
⑵群れの生き残りに必須のメスリーダーの知識
ゾウも閉経後もメスが長く生きる希少な動物です。ゾウは学習し、知識を獲得できる動物なので、長く生きれば生きるほど、生きるためのノウハウを蓄積する動物。
そしてシャチと同じく母系集団で、年長のメスがリーダーとなって行動します。
1993年、東アフリカのタンザニアで旱魃が襲い、国立公園に生息するアフリカゾウの子供の20%が死んでしまうという悲劇が起きました。この時の小ゾウの生存率を調査したところ、年長のメスに率いられた集団ほど、小ゾウの生存率が高かったのです。
この地域が大旱魃に襲われるのは、おおよそ40〜50年に一度といわれ、前回は1960年。特にこの1960年の時も生きていたメスの象が当時の水のありかを覚えており、1993年の旱魃の時もその場所にたどり着いて生き残ったというのです。
他にも雌のリーダーは、ライオンや人間などの外敵を察知して避けたり、内輪もめを防いだり、仲間の声を聞き分けたりする能力に高いらしい。
以上、ゾウも人間やシャチ同様、すでに生殖を終えた高齢のメスの知恵が、その家族集団の繁殖力を高めるので「おばあさん仮説」が成り立つのです。
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