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『昭和16年夏の敗戦』猪瀬直樹著 読了


<概要>

第二次世界大戦時において、日本がアメリカとの戦争を決断するに至るプロセスを、「総力戦研究所」という若手精鋭グループによる日米戦争シミュレーションのプロセスと並走させながら、その実態を暴いた著作。

<コメント>

田原総一郎など、複数の著名人が

「日本はなぜ太平洋戦争を始めたのか、その実態を知りたいなら本書を読みなさい」

とのことで、私も初版単行本が40年前(1983年)に出版された本書を読んでみました。読後の感想は「すでに知っていることをなぞるようで、新鮮味はないな」という印象。

これは、どういうことかというと、本書はそれだけ、この40年間で影響を与え続けてきた、ということです。

NHKはじめ、様々なテレビ番組や戦争関連の新聞記事など、多くのマスメディアのコンテンツで本書の内容が別の形で紹介されてきたのであろうから、私も本書を読まずとも大枠の本書の内容は知っていたのです。

⒈上層部は、みな「負ける」と分かっていた

本書で紹介されている「総力戦研究所」ではシミュレーションの結果、アメリカとの戦争は「日本が負ける」という結論に。この結果は戦争が始まる3ヶ月前(昭和16年8月27・28日)にすでに東條内閣に報告されていたのです。そして東條自身も同感だったらしい、というのが興味深い。

本書のタイトル『昭和16年夏の敗戦』というのは、すでに本報告の結果が内閣に報告された時点ですでに日本は敗戦していた、ということをもじったもの。

報告内容の概要は以下のとおり。

⑴アメリカと日本の資源の差を比較すると日本が圧倒的劣位

アメリカと比較して、あらゆる主要穀物から鉱物資源などは圧倒的に日本が劣位。そもそも日本は耕作地狭く資源がない国。一方のアメリカは資源国で、銅をのぞいてすべての穀物・鉱物資源は日本の7倍以上保有。石油に至っては32倍で、しかも石油の大半は日本がアメリカから輸入しているという状況。

特に第二次世界大戦では、空母から飛行機から戦車から、殆どの兵器は石油がエネルギー源。実際軍需輸送物資の40%は石油だったらしい。

⑵インドネシアの石油を確保したとしても、日本には石油が届かない

上記のように、石油を確保するためにナチスドイツは不可侵条約を破ってソ連を侵略。日本は真珠湾を攻撃した、と言ってもいいぐらい第二次世界大戦はヨーロッパ戦線含めて石油資源戦争でした。

なのでアメリカから石油を禁輸された日本は石油を確保すべくインドネシア占領を目論みます。しかし

「大東亜共栄圏内、つまりインドシナ海や東シナ海を瀬戸内海と同じように自由に航行できると考えるのは間違い(玉置企画院総裁)」

とのように、インドネシアを占領できたとしても石油輸送船舶は日本列島の到着するまでアメリカの潜水艦が撃沈してしまうので、石油等は日本に十分届かない、と想定(実際、結果も同じだった)。

⑶短期決戦で講和に持ち込むためには調停する第3国が必要だが、適当な第3国がいない

世界全体が第二次世界大戦に巻き込まれ、講和に持ち込めるための有力な第三国がいない状況。負けると分かっている戦争を始めて、仮に短期決戦で優位に立って戦争をやめよう、と思ってもやめるための手段=第三国の存在、がいない、というのです。

確かに当時の世界状況を見れば、多くの有力国は、米英と独伊に分かれてしまって、有力な中立国がいない。したがって一旦開戦してしまえば、長期戦になって取り返しがつかなくなる、ということです。

*それでは「負ける」と分かっていたのに、なぜ日本は戦争を始めてしまったのでしょうか?

⒉負けると分かっていた戦争をなぜ始めたのか?

⑴日本の組織機能に欠陥があった

「大本営」という言葉は一度なら聞いたことがあると思います。

本書では大本営、つまり日本には「統帥部」という組織があって、軍事に関しては統帥部が実権を握っていたのです。大本営は陸軍参謀本部と海軍軍令部双方を合わせた組織で、軍の統帥権は「天皇」ですが、天皇自身が判断するのではなく、統帥部が判断したものを天皇が承認する、という形をとっていたのです。したがって日本政府には、軍事に関する決定権はありませんでした。

本書で語られている通り、一応政府と大本営をつなぐ連絡会議はあったものの、実質的には統帥部の判断をもって軍事は決められていた、ということ。

「大日本国憲法」では統帥権は天皇の大権に属する。”神聖にして侵すべからず”だから政府は関与できない。しかし事実上その大権を行使したのは天皇自身ではなく、統帥部であった。・・・つまり、軍部の独走とは旧憲法の”欠陥”により生じたものだ。

本書第二章

当時、

戦争すべきでないというより以前に、これはできないということを軍需省や商工省のテクノクラートなら誰でも知っていた。

同上

とのように、政府内の多数は開戦反対だったものの、軍部の方針によって開戦が押し切られたのも一因だと言います。

⑵アメリカの作戦に引っ掛かった

当時のアメリカは、日本の極秘電文はすべて解読していたので、日本の参戦はおおよそ予想済み。大統領ルーズベルト曰く。

「日本をあやす時期は終わった。問題はわれわれがあまり大きな危険にさらされずに、しかも日本が先に攻撃を仕掛けてくるようにさせるにはどうしたらいいか、ということだ」

同上

アメリカの石油に頼っていた日本は、アメリカが石油を日本に輸出しなければ、軍隊は愚か、日常生活もままならない状態に追い込まれてしまいます。

アメリカの石油に頼らずに国を成り立たせるためには、インドネシアの石油利権を確保するしかない。だからこの利権を獲得するために始めたのが太平洋戦争だったのです。

⑶結果ありきで、石油確保可能という報告がなされた

この点は、著者の当時の石油担当責任者(鈴木企画院総裁)への直接取材が面白い。

鈴木は「開戦しても3年間は石油確保可能」というウソの数字を午前会議で報告したのですが、なぜそんなウソをいったのか、を著者が取材しているのです。鈴木曰く

「これならなんとか戦争をやれそうだ、ということを皆が納得し合うために数字を並べたようなものだった。赤字になって、これではとても無理という表を作る雰囲気ではなかった・・・・しかも数字の根拠をロクに知らされていない企画院総裁が、天皇陛下の前でご説明されるわけですから、おかしなものです」

アメリカの石油禁輸を解除するためには、日独伊三国同盟の破棄と支那撤兵が条件だったので、この条件をのむにあたっては統帥部と政府の連絡会議では結論が出ず、「石油確保可能」という数字に頼ったのです。鈴木曰く

僕は腹の中ではアメリカと戦争をやって勝てるとは思っていなかったから、とても憂鬱な気持ちで読み上げましたよ・・。あの時はねえ、陸軍が戦争をやるといっていたが、実際にアメリカとやるのは海軍なんだ。海軍が決心しないとやれない、陸軍は自分でやるんじゃないから腹がいたまない、それで勝手なことを言ったのです。・・・最終的な決断は海軍がすべきだったんだ。ところが海軍は、できないとはっきり言わんのだ。」

なぜ海軍は明確に反対しなかったのか。

著者と石破茂との対談で石破が、国家予算のおよそ半分が軍事費でその半分を海軍が占めていたので「戦争しない」となると予算が大幅に削られ、海軍自体がリストラの憂き目にあってしまうからだった、といいます。

一方、開戦派の陸軍は、アメリカの条件をのんでしまったら中国大陸の権益を手放すことになるので到底受け入れられない。一方で石油を確保する必要もある、とならば海軍に頑張ってもらってインドネシアの石油を確保するしかない、と言う結論になります。

そして最後に著者のコメント。

コンピュータが、いかに精巧につくられていても、データをインプットするのは人間である、という警句と同じで、数字の客観性というものも、結局は人間の主観から生じたものであった。

「数字は嘘をつかない」といいますが、その数字を出すのも人間だということを忘れてはいけません。勤務時代に15年間、企画業務で数字を扱ってきた自分としては「本当にそうだな」と思ってしまいます。

⑷日本的意思決定システムの欠陥

そしてこれが一番決定的だったのかもしれません。これは名著『失敗の本質』でも言及されていましたが、一旦、その方向で勢いがついてしまうと、ストップするのは殆ど不可能、ということです。山本七平のいう「空気」だし、今の日本で言えば「同調圧力」というやつです。

著者的には「内容よりも全員一致の方が大切だ、とされる日本の意思決定プロセス」と表現。

特に開戦派の陸軍の圧力を抑えるのは困難だし、本書では掲載されていないものの、当時のマスコミ含めた世論は、「アメリカけしからん」一色だったといいます。そうなるとこの同調圧力をストップさせることは誰にもできない。

異論反論が「売国奴」扱いされる当時において「開戦したら負ける」とエリートの多くが分かっていたとして誰も止められなかったのでしょう。

「やられたらやり返す」という私たちの道端で起きるケンカとこのあたりは変わらないのです。

名誉と名誉、面子と面子の戦いであって、このような状況では理性はどこかに行ってしまうのが人間の悲しい性なのかもしれません。

一方でその理性を持っているのも人間の性。だからこそ、民主主義が大事なんですね。

違う意見をいえる「環境」
違う意見を聞く 「姿勢」
違う意見を言う 「勇気」

これがとても大事なのです。

*写真:鹿児島県 知覧特攻平和会館(2014年12月撮影)
ここはぜひ訪れてほしい。戦争の悲しみで心が一杯になってしまう展示。2度とこのようなことがあってはならない、と実感せざるを得ません。


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