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「風土論」和辻哲郎著 書評

<概要>
時間性が人間の志向性に大きく影響を与えたとのハイデガーのアイデアをヒントに、空間性も人の志向性に大きく影響を与えたのではないかという仮説をもとに、世界を「モンスーン=湿潤(アジア)」「砂漠=乾燥(アラビア)」「牧場=湿潤と乾燥のはざま(ヨーロッパ)」に区分してそれぞれの風土がもたらす人間の志向性を解説した著作。

<コメント>
人間了解の仕方として空間的制約が影響している、というコンセプトには深く同感。

世界は自分の欲望と関心に相関して作りあげられていますが、自分の欲望と関心のベクトル=志向性は「自分」の空間的制約によって規定されているのではないか。

この世に生まれて以降、親と子の関係にはじまる我々の欲望と関心の生成は、「時代」という時間的制約と「場所」という空間的制約の掛け合わせによって大きく規定されています(個人的にはこれに加えて「遺伝」も)。

仮に私たちが、親の仕事の関係でフランスで生まれ、フランスで育ったならば、同じ親に育てられたとしても我々が日本で生まれ育つのとは全く別の欲望と関心のベクトルのもとに世界像を形成したに間違いありません。

和辻さんによれば、世界の地理的特性は具体的には大きく上記の3つに分かれ、

【モンスーン】は、自然の猛威が圧倒的で人間は自然に従順にならざるを得ないが、動植物は繁茂して人間に恵みをもたらしてくれる。従順にならざるを得ないという人間の志向性を生む。

以前の紹介で

インド亜大陸は、広大で砂漠気候から熱帯気候まで様々な気候を有するが大半はアジアモンスーン気候で湿潤かつ肥沃な土地柄で耕作に適した土地が多い。
 このような自然環境の観点からより多くの作物がよく育ち、人口は早晩中国を抜いて世界一にならんとする人口大国にもかかわらず、食料自給率は100%といいます。農作物以外にも、昔から野生の果物やナッツ類は豊富で、食べ物には困らない土地。
  このような環境のゆえに、インド発祥の宗教(ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教)は、勤勉や蓄財という生産に関わる倫理観よりも、分配をめぐる道徳の方が幅を利かせていたというのはなるほどと思います。
 「勤勉さ」よりも「気前の良さ」が求められ、布施や喜捨や功徳が過度に讃えられる宗教。これは反面「たかりの文化」「物乞いの文化」を育むことにもなってしまうよう。


とのように、若干和辻さんの見解とは違うものの、私がインドに生まれ育っていれば、この今の自分とは違う志向性が備わったはずです。

【砂漠】は、生を全否定した死の環境において、微かな生を求めて人間は攻撃的にならざるを得ない。少ない食料を求めて奪い奪われるという、闘争的な人間の志向性を生む。

もともと価値観が相対的だというのに興味を持ったのは、かつての朝日新聞記者本多勝一の「極限の民族」を中高生時代に読んでから。著者が「カナダエスキモー」「ニューギニア高地人」「アラビア遊牧民(べドウイン)」の極限民族と暮らしを共にするという極限の体験記のうち、ベドウィンの価値観が登場。まさに奪い奪われるという和辻さん内容の通りで「盗み」が「善」の価値観。これは衝撃的でした。

【牧場】(ヨーロッパ)は、家畜を育む牧草が勝手に育ち家畜が勝手に育つという、自然が、人間に従順な環境においては、能動的に働ければそれが結果につながるという合理的な環境であり、人間の努力が結果につながりやすいという、合理的な人間の志向性を生む。

として、事例を挙げています。90年近く前の著作なので内容的にはいろいろ異論はあるかとは思いますが、人間の生成する世界像が大きく空間的特性に影響されるという論理は、説得性の強いものだというのは理解できるのではないかと思います。

そんなわけで私も「風土」をテーマに人間の価値観におけるその影響性について取り掛かったところです。

*写真:2016年スリランカ ボロンナルワ遺跡群 ワタターゲ

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