不確実な世界とどう付き合うか
最近、気づきが溢れている。
よくVUCAな世の中だと言われる。私は過去、どのようにして不確実性をマネージメントするか、というスタンスでものごとを考えてきた。
けれど、これをそろそろ改める日が来たようだ。
不確実性を脅威と捉えるか、チャンスと捉えるか。そういう二元論は好きではないが、あえてそういう表現をとる。
多くの企業では、合理的な共同体の形式を取るため、リスクを減らす、未来を予測する、行動を管理する、合目的性を持つ、目標を定めて達成する、リソースを集中する、など不確実に打ち勝つあらゆる考え方・行動規範を確立してきた。
これが正しいのだろうか。これはYesでもあり、Noでもある。
Yes/Noという結論ありきの思考は、その人のパラダイム(認識の枠組み)が科学的、最短志向、目的志向、予測的、因果などに依っているためではないだろうか。これをパラダイム1.0と呼ぶことにしよう。
私の経験では、そういう自分たちのパラダイムがパラダイム1.0的であることに気づかずに、仕事をしたり、生活をしたり、他者と関わりを持っている人は非常に多い。なぜそうなのかと考えると、おそらく今までそれで良かったからだろう。
現代はVUCAの時代だと言われる。VUCAの時代は予測不可能だ。先ほどのパラダイム1.0にいると、無理が生じる。
パラダイム1.0にいると、そもそもの前提を限定しがちだ。この状態では、ルールチェンジや前提変化に非常に脆くなる。
ではどうするか。
選択肢を絞り込まず、探索的に不確実な状態を楽しむ。新しい事実がわかったら、それを脅威とせずに機会に変える。
不確実性を無理にマネジメントしようとせず、それすら楽しむのだ。思考や行動まで落とし込むには、根っこにあるその人のパラダイムを1.0から脱却する必要がある。これをパラダイム2.0と呼ぶことにしよう。
パラダイム2.0に立てると、挑戦的になり、可能性を潰さなくなり、探索的になり、他を尊重するようになり、自由になり、不確実な状況を機会に変える。
ただし、現実は厳しく、パラダイム1.0的な状態の人が1.0的であることに気づくことすらかなり難しいのが現状だ。なぜなら、周り全部1.0的であることがほとんどだからだ。
パラダイム1.0からパラダイム2.0に。どうやれば良いのだろうか。一緒に考えてくれる人はいないかな。