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特設サッカークラブ
このクラブは、「お話づくりクラブ」のような強制参加のクラブとは異なり、希望者だけが入部できるクラブで、5年生から入部できる特設クラブと呼ばれる放課後の部活のようなものがあった。
当時は、女子サッカーはなく、男子はサッカー、女子はバスケと決められていた。昼休みや放課後にサッカーをしていた私は、すぐに特設サッカークラブに入部した。
今でもそうだと思うが、小学生になると男子は地元のサッカークラブに入団していることが多い。
私は趣味でしかサッカーをしていなかったが、特設サッカー部に入部する半分の部員は、週末に地元のサッカークラブでプレーしている、スタメンを約束されたメンバーだ。
この時点で、地元サッカークラブに入っていないメンバーは、スタメンには入れないことがほぼ確定している。出オチならぬ、出挫折である。
入部して、素人の私でも分かる違いは、皆走るのが速く、スルーパスされたボールに誰でも追いつくが、その後のボールコントロールができるかどうかで、地元クラブ組か特設からの部員かが分かってしまう。
また、地元サッカークラブ組は、ヘディングなども非常に上手いが、私のように特設からの部員は、ヘディングが積極的にできない。
私だけでなく、地元クラブ組以外の部員がボールにヘディングを合わせる光景はほぼ見ていない。
特設サッカークラブで私たち部員が驚いたのは、コーチのサッカーのうまさだ。
足は超速く、ボールさばきも秀逸、何と言っても毎回練習中、センターリングに合わせてオーバーヘッドシュートを見せてくれるところなど、奇跡を見ているかのように感じていた。
当時は、「キャプテン翼」というアニメが流行っていて、そのアニメで初めてオーバーヘッドキックを見たサッカー少年がほとんどだった。
その多くが生でオーバーヘッドキックを見たことがなかったため、アニメの中だけの存在だと思っていただけに、生で見られたときの感動は計り知れない。
もちろん、現実には、キャプテン翼ほど空高く飛ぶわけではないが、飛んでからシュートまでがあんなに速い動きなのかと唖然としたものだ。
キャプテン翼では、数々のあり得ないアクロバティックなスキルを披露していたが、特設サッカーにおいても、そのあり得ない技を真似しようとする馬鹿野郎は大勢いた。
キャプテン翼には、立花兄弟という双子の兄弟がいて、スカイラブハリケーンという凄技を見せてくれる。
二人でボールを持たずに相手陣地へ走る。ペナルティエリアに近くなったところで、政夫が走った状態からジャンプして仰向けに芝の上を滑り始める。
この滑っている時間が実に長い。同じことを真似しようものなら、摩擦で滑らないだけでなく、背中を擦りむいて背中の皮膚が全部剥けてしまうくらいの拷問だ。
下で仰向けになって芝を滑っていく政夫が、足の裏を天に向けて屈伸のように曲げ、そこに和夫がジャンプして政夫の足とドッキング、その反動で和夫を天高く飛ばす荒業中の荒業。
アニメでは、この動きを相手陣地に走り込みながら行う。天高く舞い上がった和夫に合わせてセンターリングを上げ、和夫がヘディングを決める。
「これをやろうぜ」というバカが出てくる。
かなりの勢いでドリブルで攻めてくる中、いきなり一人が仰向けになり足を曲げ始める。
スカイラブハリケーンをやる段取りを聞かされていない私を含めた周りは、倒れたのかと思ったほどだ。
もちろん、アニメのように地面を滑るどころか、場の空気が滑っている。和夫役のもう一人も、アニメのように上からドッキングができるわけもなく、ゆっくりと足を合わせて政夫役の足の上に片足ずつ乗っていく。
周囲もここでスカイラブハリケーンだと初めて認識する。
半笑いしながらも実写版を見届けようと、周りの動きも止まる。
二人が足でドッキングをし、さあ天高く舞い上がるその瞬間、下で政夫役をしている一人が、和夫役の重みに耐えられず、足を延ばすことすらできずに和夫は横に倒れる。
バカにはバカが集まる。
「俺も俺も」と、スカイラブハリケーン2に挑戦する。
アニメでは、初めてのスカイラブハリケーンのヘディングでゴールが決まるが、その後、同じ技を破られる。
立花兄弟は、再度同じ技を繰り出そうとするが、相手陣営はディフェンスと称し、二人がゴールバーの上で待ち構えている。
結局、スカイラブハリケーン2は、低空飛行からのダイビングヘッドでゴールを決めるわけだが、アニメではゴールバーに上っていた二人が、低空飛行でダイビングヘッドだと気が付き、バーからジャンプして降りてくる。これを実演しようとバカ数名が溢れてきた。
アニメでは、どうやってバーに上ったのか分からない。既に上っているところから始まるのだが、実はゴールバーの上に上がること自体、かなり大変な作業だ。
ゴールポストも上りにくいし、梯子なしでは正直上ることはかなり困難だ。
それでも、数名の助けを得ながら、ゴールバーの上に二人が布陣した。
さて、立花兄弟役が普通に攻めてくる役を演じると、アニメの二人のようにジャンプして降りようとするのだが、怖くて降りられないでいる。
正直、実際に上ったら、あの高さでもジャンプして降り立つのは結構勇気がいるものだ。
「やばい、怖くて降りられない」
という泣き言を言っているところに顧問が登場。
「遊んでいるなら、帰れ!」と叱られる。
「何をやっているんだ」の問いに「スカイラブハリケーン2」とは言えず、バーに上っていた二人は、顧問から叩かれる。
そんな特設サッカークラブは、当時の私にとっては楽しみなクラブだった。
毎日練習が2時間ほどある。
偉いもので、部員は何の指示がなくとも、人が集まった時点で練習試合を始めるパターンが出来上がっていた。
顧問も上手い連中がそこそこ入部してきているので、勝ち進めると本気で思っていたと思う。
そんな中で、私には走力以外のスキルがない。
ボールをもらえやすいところへ常に走っていったが、ボールは来ないで欲しいと切に願った。
何度かのパスで、私はボールコントロールが苦手とバレていたので、いつの間にかパスは回ってこなくなった。
そんな私の仕事は、バスケでいうリバウンドだ。こぼれ球を全速力で取りに行き、上手いやつへ渡す。
これだけしかやっていない。
その走力と勢いを顧問が買ってくれて、日々の練習試合の時、他校との練習試合の時には、右のウイングとしてスタメン起用してくれた。
正直、ウイングというポジションが、どこで何をするのかすら分かっていない時だった。
取り敢えず、ポジションを割り当てられたら、隣の人に「それはどこからどこまでの間で何をするポジションなのか」を聞いて回り、「走ってボールを真ん中に上げればいい」と言われ、言われるがままがむしゃらに走った。
走ってはボールに追いつきを繰り返して気が付いた致命的な欠点は、センターリングを上げられないということだった。
走ってボールに追いついたら、敵に取られるというルーティンが続く。
ハーフは、既にそのパターンを覚え、私がボールに追いついたら、近くの敵が振り向いたところにポジショニングして、ボールを取らせて取り返す作戦で試合を回していた。
私たちのチームは、そんな流れで他校との練習試合は、正直勝つことが多かった。
数回しか負けていないと思う。
顧問も本気で本戦に期待をしていたくらい。
シーズンの締めくくりがトーナメント。
トーナメントもいつもと同じメンバーだろうと思い、ウォームアップして待っていると、別のメンバーが右のウイングで出場。
私はベンチだった。しかも、トーナメントは相手もかなり手強く、交代はなかった。
毎日練習してきて、練習試合も出場し続けて本戦でベンチ。
記憶として本戦は一戦も出場していない。
当時の自分としては大きな挫折感を感じ、以来、サッカーを離れた。中学ではバスケの道へ進むことになる。