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面接直前の悲劇

 翌朝、多少の余裕をもってキャリアフォーラムが開催されるコンベンションセンターへと急ぐ。会場には、全米各地から私たちの同期が集まっており、所属している留学団体から就職カウンセラーもブースを構えて、参加者のサポート体制を整えていた。

 留学団体は、元々日本にいる親の元へ定期的に子供の状況を報告する義務を負うために現地で雇われていたが、管理体制が悪いのが、カウンセラーは次から次へと変わっていく。

そのうち、カウンセラーにも頼らなくなっていった。しかし、就職カウンセラーは、本当に力になってくれたように思う。

どこを受けていいか迷ったら、面接を受けた方がいい企業を教えてくれる。

今までのサポートが嘘のように、求めていることに手を差し伸べてくれるようなサポートだった。

 私の第一希望の企業は、ゲーム会社だった。と言っても、コードが書けるわけでもなければ、CGを描けるわけでもない。

バンドで長く音楽に関わっていたものの、ゲーム音楽を書けるわけでもなく、ポートフォリオなど一つも持っていない。

もちろん営業やマーケの経験もない。技術職ではない私には圧倒的に不利だったが、疲れてしまう前に、1社目に第一希望の企業のブースへと向かう。

 コンベンションセンターの中に入ると、炎上した車をほうふつとさせるような嫌な予感を思い出させる事件が起きた。

数日前に購入したばかりの鞄の留め具が勢いよく外れ、私の全体を「やり手のクローザー」のように見せていた鞄の口が、閉まらなくなりカパカパの状態になったのだ。

パカパカの状態をごまかすために鞄を両手で胸の前に抱くような格好になる。どう見ても、大金を受け取った運び屋がお金を掏られないように用心しながら歩いているようにしか見えない。

 そんな姿で、第一希望のブースへ到着し、簡単なアンケートに答えて、ブース前の椅子に座り、自分の順番を待った。

その時、ブース前にアンケートを回収するために雇われたお姉様が、私の方へ近づいてきた。「もしかして、奇跡的な出会いか?」と思ったのも床の間、耳元で一言囁かれた。

私は、一瞬我が耳を疑った。

面接まであと5分少々のとこへきて「名札が逆さまになっていますよ」という有力筋からのタレコミ情報だった。

私は直ぐに、真っ逆さまに堕ちてディザイヤ状態になっている名札を、炎のように燃えてディザイヤした。

 遂に私の順番が回ってきた。事前準備は沢山してきたが、全ての準備は、このゲーム会社の選考に通るための準備だった。

この企業へ普通にマイナビを通して応募すれば、既読スルーになっていたはずの案件が、書類選考なしに面接を受けることが出来たのだから、それだけでも御の字と言った方がいいだろう。

 軽く自己紹介を済ませて、企業側からの質問に答えていく。自分でもまずいくらいに緊張しているのか、呂律は回っていない。

恐らくオープンポジションになっているだろうと思っていたが、どんなポジションでの仕事を希望しているのかと聞かれて、(長いこと音楽に触れてきたので)「ゲーム音楽を担当したい」と答えた。

 暫く間があり、「音楽はプロに外注をしているので、自前では持っていないんですよ」という回答だった。そもそも、私の回答の仕方が違う。

ここでは、営業、マーケティング、開発、管理という返しをして、その役職に就いたら、どのようなことを成し遂げてみたいかを話すのがいわゆる正解だろう。

 会場入り直後に、鞄の留め具が外れ、鞄の口ビョーンの状態から、名札が逆についていると指摘され、第一希望の企業で期待している仕事は、自前で採用しないという。

でも、そんなことは企業紹介のパンフレットにも書かれてなどない。企業紹介の冊子には、「是非皆様のご応募をお待ちしております」というようなことが書かれてありながら、実際に応募して面接になると、「ちょっと期待していたのと違うな」といわんばかりの沈黙を呈すのは何故だろう。

 どのミサイルを撃とうが、恐ろしいくらいに当たらないような面接だった。相手は、何も攻撃的ではないのに、スパーリングでボコボコにされてしまったかのような心理状態になる。

面接を終えて席を立つと一旦、コンベンションの出口の方角へ向かい歩き出した。すると同期も面接を終えて、こちらへ向かって歩いてくる。

「ダメだったんですね。」
と同期は、出会いがしらに辛辣な言葉を放つ。

「何で分かるの?」
と気の抜けた声で応えると
「歩き方がそう言ってました」
と同期。

「最初に第一希望の会社行っちゃだめだね。ブースに座ったら受付のお姉さんに耳もとで『名札が逆になってます』と囁かれてさ。

すかさず直して。鞄も留め具外れて、口ビョーンになっちゃって、口抑えて抱えてたら盗人みたいに見えるし。

ゲーム音楽を手掛ける仕事をしたいですって言ったら、プロに外注しているから自前では採用してないと一発不合格みたい返しだし」
「はははは、やっぱ、持ってますね。ここぞという所で、鞄の口の金具が外れることと名札が逆になることが同時に起こる可能性が低い中で、見事に全部持っていきましたね。」
と同期には評判がいい。親の期待は裏切るが同期の期待には応えている自分が何とも悩ましかった。

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