【対談#3】日米まちづくりクロストーク:エンゲージメント(市民参加)で拓く共創型都市経営の未来とは?(3部)
「公平でインクルーシブなまちづくり」と「市民エンゲージメント」、そして「デジタル技術の活用」という現代の都市計画に欠かせないテーマを軸に、アメリカを拠点に活動中の都市政策の専門家・古澤えりさんをお迎えし、弊社代表・三谷繭子との対談をお届けします。
アメリカと日本、そしてデジタルという異なる文化、社会、テクノロジーの中で、どのように市民の声を取り入れて、都市計画を推進しているのでしょうか?
古澤さんのアメリカでの実体験と、三谷のデジタルを活用した日本での取り組みが融合した時、新しい時代の都市づくりの形が見えてきました。
<プロフィール>
古澤 えり
都市政策の専門家としてアメリカ各地の自治体に伴走しながら、住民参加型の合意形成や気候変動対策の政策立案に関わる。東京大学工学部建築学科を卒業後、2016年に渡米。コロンビア大学都市計画修士課程 (MSUP)を修了。その後ニューヨーク市の都市計画局でゾーニング・アーバンデザインの仕事を手がけ、現在はHR&Aという都市専門コンサルティング会社に所属。2022年よりマサチューセッツ州サマビル市の気候変動・エネルギー政策アドバイザーを務める。
三谷 繭子
都市計画コンサルタントとして土地区画整理事業等の大規模開発に従事し、プランニングから事業推進まで一連の業務や整備後のエリアマネジメントやパークマネジメント等のスキーム構築、地域コミュニティと協働した組織づくり等に携わったのち、 2017年Groove Designsを創業。全国各地でまちなかのプレイスメイキングプロジェクトなど地域主導のまちづくりを支援。現在は地域まちづくりのDXとして、共創デジタルプラットフォーム「my groove」の開発に取り組んでいる。また、認定NPO法人日本都市計画家協会理事、一般社団法人アーバニスト理事として、持続可能な都市づくりのためのオープン・イノベーション・プラットフォーム「シティラボ東京」の立ち上げ、運営を行っている。広島県福山市出身、1986年生まれ。
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【 アメリカへ渡ってインクルージョンが自分事に 】
三谷:ところで古澤さんにとって、インクルージョンに関心を持ったきっかけやHR&Aの理念に共感したきっかけは何でしたか?
古澤:渡米して初めて住んだ都市が、リベラルであることで有名なニューヨークでした。その中で都市計画を学んだ後、行政、民間企業と働くことで、周りの人たちが格差を縮めることに力を注いでいる環境に影響を受けたのもあります。でも個人的には、アメリカに来たことで、自分自身がマイノリティであることを自覚する場面が圧倒的に増えたのも大きかったと思います。今でも覚えているのは、お世話になっていた黒人女性の上司と一緒に出張へ行った際、彼女が私たちふたりのことを「women of color(非白人の女性たち)」と表現したことで、(もちろん黒人とアジア人とではアメリカで受ける差別の性質は異なりますが)私も彼女と同じくマイノリティグループに属していることを再認識しました。実際アメリカに来てから、非白人のアジア人であること、女性であること、さらに移民であることが重なり、悔しい思いをすることもありました。その経験を通じて、いかにアメリカのシステムがマイノリティに対してエンゲージしづらいように設計されていることを知ったり、迫害されているアイデンティティを持った友達や同僚、お客様と接する中で、都市計画がいかに政治的なプロセスであり、かつ歴史的に白人や富裕層に有利な状況を作り出すために使われてきたものであるかに気づきました。コンサルタントという立場から少しでも公平な都市計画を目指すという今の会社の理念は、私の個人的な経験と重なる部分があると感じています。
三谷:日本では格差がないと言われることがありますが、意識していないだけで、格差は確実に存在すると感じます。地方であれば、物事を決定する会議に女性の参加はまだまだ少なく、男性中心の組織で地域の意思決定が進んでいる状態が普通にありますよね。
【 日本においてインクルージョンが特に必要とされる分野とその課題感 】
三谷:普段海外にいる古澤さんから見て、日本でもインクルージョンが必要だと感じる領域や分野がありますか?また、どのような点が改善されるべきだと感じていますか?
古澤:ひとつの分野を特定するのは難しいですね。どの領域においても、マジョリティの人にあわせた仕組みづくりではなく、多様な人が存在することを意識した上で、それぞれのアイデンティティごとにどう経験やニーズが変わるのかを深く考える必要があると思います。例えば、防災の分野を考えてみると、お年寄りの方は避難が遅れてしまう可能性がある場合に、日ごろから避難訓練を地域の方とのコミュニケーションを兼ねて行ったり、いざ災害が起きた時には避難のサポートをしたりする取り組みは、お年寄りのニーズをきちんと考慮して対応する良い例だと思います。一方避難所では、女性が経験するプライバシーに関する悩みや、炊き出しなどの仕事が女性に割り当てられやすいという問題も、当事者の視点があれば対処しやすいものだと思います。女性や移民、ホームレス、障害を持つ人など、都市には様々な人がいますが、彼ら彼女らが意思決定の場にエンパワーメントされる例はまだまだ足りないと感じています。三谷さんはどのように思われますか?
三谷:当事者の声を取り入れる機会が圧倒的に少なく、解像度も低いと感じます。これは都市計画だけでなく、国の政策や子育てに関する問題でも同じです。子育て経験の無い人たちが話し合って、政策を決定している場面がまだまだ多いですよね。こうあって欲しいという理想論を当事者ではない人たちだけで進めている現状も多いです。まちづくりの審議会などでも、「(この場に出るべき人物に)そもそも女性がいない」とかを平気で言いますよね。女性がいないわけでなくて、単に見えていないだけ、見ようとしていないだけの話です。ワークショップや協議会でも、子供を一緒に連れていくのが難しいという状況が元々あり、一部の参加できる同じような境遇の人たちだけで計画を作るパターンが多いように見受けられます。
古澤:ワークショップに参加していない人たちにも目を向けることが当たり前になって欲しいですよね。
三谷:参加できない人たちには参加できない理由があるはずで、インクルージョンがなされていない現状は大きな問題です。ひとつずつ解消していく必要があり、まずはできることから取り組みながら範囲を広げていくアプローチが必要ですね。どのような形が良いかは、また別の機会に話し合えたらと思います。
古澤:三谷さんがおっしゃったことですごく大事だと思ったのは、当事者にしかわからないことが絶対にあると理解した上で、意思決定の場に、当事者としての経験を持つ人材を参加させるということです。少なくとも、意思決定の場に当事者もしくは当事者の経験を深く理解している人がいないことは異常である、という問題意識を浸透させたいですね。
三谷:もうひとつ大事なのは、今の日本に流れている「アメリカは色々な人たちがいるからインクルージョンが進んでいるよね」という空気感はあまり良くないと感じています。日本でもインクルージョンに対する課題感が認知されるようになってくるといいなと思います。もちろん関心を持っている人たちもいるのですが、現場で意思決定をする人たちの中には、そういう感覚を持っていない人も多いようです。
【 マイノリティに寄り添う首長によるリーダーシップと地域エンゲージメント 】
三谷:今の話題にあわせて、保守的で既存の権力を持っている層から出てくるリーダーは、保守的な人たちと協力して政策を進めていくことが容易だと思います。一方で最近は、マイノリティに属している人たちが地域のリーダーになるケースも増えています。そのなかで、彼らがどのように地域を引っ張り、エンゲージメントを図っていくかという点に関心があります。
アメリカでマイノリティの立場にいる首長がリーダーシップを発揮している背景や、彼らがリーダーとしての立場を確立するための取り組み、さらに古澤さんたちがどのように支援しているのかをお聞きしたいです。
古澤:現在アメリカ各地で、非白人でリベラル寄りの若い首長が選出されています。私たちは、彼ら彼女らが当選後すぐに首長としてのスタートを切って、自身のマイノリティとしての経験があるからこそ可能になるインクルーシブな住民参加をもとに、政治家として取り組んでいくべき政策を作るためのお手伝いをさせて頂いています。具体例としては、2018年にテキサス州ハリス郡で27歳(当時)のコロンビア系移民女性、リナ・ヒダルゴさんが初の女性首長に選ばれた時、彼女の政策を作るプロジェクトに1年間携わりました。
ハリス郡は都市部にリベラルな住民が多い一方、郊外には保守的な人が多く住んでいる環境です。そういう中で、私たちは「Talking Transition」という大規模なエンゲージメントプロジェクトを実施し、今まで政治の場面に参加出来なかった非白人の方、移民、英語以外の言語を話す人、などを重点的にエンゲージすることを目標に住民参加をして、それをもとに自治体全体のアクションプランを作りました。そのプロジェクトの一環として、大規模アンケートを英語やスペイン語、中国語、ベトナム語などに翻訳して実施しました。オンラインで配布するのはもちろん、移民の方や普段行政が行っているアンケートに答えなさそうな方に直接声がけをしていった結果、様々なアイデンティティを持つ人たちの意見を細かく把握することに成功しました。そのデータは政策を作るために活用しただけではなく、例えばヒスパニック系移民の方のニーズにちゃんと答えたということをサーベイ結果を使って証明することにも有効でした。さらに「シビックサタデーズ」と呼ばれる毎週土曜日のイベントでは、ハリス郡の色々な地域に自ら出向いて、環境や交通など毎回テーマを決めて、住民と同じテーブルに座って話し合う場を設けました。こうして色々な分野の専門家が集まって政策を作る取り組みが、最終的に彼女の1年目の政策になっていったのです。
このように、特にマイノリティのアイデンティティを持った首長さんが、データを基に力強く自分のアジェンダを表明し、実際にそれを達成するプロセスで、住民やNPOと連携してシビックキャパシティを高めて、リーダーとしての存在感を強めることをモットーに私たちは支援しています。
三谷:政治家や行政職員、市民など異なる立場の人が同じテーブルについて対話するのは大切ですよね。政策策定に市民の意見を反映させるケースはよくありますが、それぞれ違う立場の人が同じテーブルについて議論する環境はまだ珍しく思います。一般的に日本では、政治家が市民から意見を聞いた上で政策を実行するという考え方が主流ですが、市民や活動団体の方たちと協力して政策を実現しようとする姿勢も大切ですね。
古澤:エンゲージメントによって住民と行政の関係が変わると思っています。どうしても、行政は苦情や質問をしにいく窓口みたいな雰囲気がアメリカにもあります。そうではなくて、行政だけでは解決できない問題を住民の方と一緒に考えていく場を設計することで、他人事のように「それは行政の仕事でしょ」と言えない状況を作ることが重要です。
三谷:確かに、言う言われるだけの関係では社会は良くならないですよね。そういった雰囲気が当たり前になるといいなと思いました。
【 自治体職員へのサポートも不可欠 】
古澤:住民とワークショップを直接行うことは自治体の方にとっても新しい経験で、何を言われるか分からないみたいな不安もあると思います。そこで、我々と一緒にリハーサルを事前に行い、自治体の方が安心して参加できるようにサポートすることも大事です。
三谷:自治体の職員さんたちにとっては、いきなりワニの池に放り込まれるような気持ちかもしれませんね。
古澤:首長さんも職員さんのトレーニングに前向きな方が多いです。出資していただいている財団関係者さんにも、この取り組みが職員さんのスキル向上や部局間のエンゲージメントに役立つと伝えると結構響きますね。
三谷:日本では、古澤さんがおっしゃったように、不安が先立つことが多いですね。けれども一歩踏み出してみると、変化があるし、最初は大変かもしれませんが、得られるものもあると思います。実際に職員の方たちが変化を感じたり、新しい視点で物事に取り組んだりすることも大切だと思います。
【 これからの日本におけるエンゲージメントやインクルージョンの実現に向けて 】
三谷:最後に、これからのエンゲージメントやインクルージョンの実現について、日本ではどのように進めていくと良いですか?
古澤:エンゲージメントをいきなり自治体レベルで始めようとすることに難しさを感じる自治体の方はいらっしゃるかもしれません。その際には、ゴールはエンゲージメントそのものではなくて、多様な住民の方の意見を取り入れることでより多くの人にとってプラスになる結果にたどり着くことと、意味のあるエンゲージメントを経験した結果、行政に興味を持つ地域の方が増えるという点を強調するのが大切だと思います。実際にビジョンがしっかりと共有されている自治体は、エンゲージメントに対してリソースを割きますし、その結果、職員さんの意欲向上やプロジェクトのアウトカムなど様々な形でプラスに働いた現場を数多く見てきました。もちろん、いきなり上手くいくわけではなく、事前に職員さんとトレーニングを行ったり、住民の質問に対して地道な想定問答を作ったりすることが重要です。一時的なコストはかかるかもしれませんが、住民の方が「この行政は私たちの声をちゃんと拾ってくれる」と感じてもらう体験は、長期的に非常に価値があると思います。
三谷:エンゲージメントを通じて、市民と職員とのコミュニケーションのあり方が長期的に変わっていくことが重要ですね。今はまだ、職員の方たちも苦しそうに見えることが多く、エンゲージメントのやり方がわからず、責められるのが怖いと不安に思われているはずです。しかしそうした取り組みによって、市民の方たちも自分が住んでいるまちに対して希望を持つようになり、新しい人間関係や街との関係性が生まれ、色々な出会いがあり、暮らしも豊かになっていくと思います。エンゲージメントは、そうした第一歩と捉えてもらえるといいですね。
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