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何が読まれるのか、もはや分からないね
ルーティーンの記事が、よく読まれています。
お読みいただきありがとうございます。
私がこの記事に
「大して面白くもない」
とネガティブな表現を付していたのは別に自虐でもなんでもなく。
書き終えた原稿を読み返してみて、
心底「退屈だ」と思ってしまったからなのです。
でも皆さんからの評価は結構高くて、困惑しています。
今回はそんな、
「何が読まれるのか、もはや分からない」
状況について考察してみます。
最後までよろしくお願いします。
自分にとってはアタリマエ
まずは、上記のルーティーンにまつわる記事を、
私がなぜ「面白くない」と感じたのかについて考えます。
この記事は、私にとっては、
「自分の生活を時系列順に書いただけのもの」
です。
朝起きてコレをして、何時になったらアレをして、夜は寝る。
ただそれだけの、何百回何千回と繰り返したルーティーン。
そんな日常を文章に落とし込んだだけなので、
自分にとっては、アタリマエ。
だから、面白くないのかなと。
![](https://assets.st-note.com/img/1716133423413-igOTvUBRzM.png?width=1200)
「面白い」はどこにあるのか
じゃあ、私が自分の記事を「面白い」と感じるのはどんなときでしょうか。
それは自分の中では結構明確で、
「これ珍しいことが書けたんじゃない?」
「これ書いてる人、あまりいないんじゃない?」
というときです。
たとえば最近の「環境収容力」の記事なんかはそれ。
「本日の読書」の記事はそのあたりの「テーマの珍しさ」をいつも重視していて、書くたびに「今回は結構イイんじゃないか」などと考えています。
でも読まれるかどうかという観点だと不発に終わることが多いですね。
なぜでしょうか?
考えてみると、読まれるかどうかの分水嶺は「発見」と「身近さ」にあるのだろうと行き着きました。
「発見」と「身近さ」
「発見」と「身近さ」。
言い換えれば、
「そうなんだ!」という感情と「興味ある!」という感情。
これが読み手に起こるか否かが重要な気がします。
たとえばさっきの環境収容力についての記事は、
きっと読めば「そうなんだ!」という発見はあるハズです。
でもほとんどの人にとって「興味ある!」とはならない。
自覚はあるんですよね。
「本日の読書」は完全に私の好みで作っちゃってるので。
マガジンの説明文にも「ノージャンル」と明記しています。
逆にルーティーンの記事は、「発見」と「身近さ」があるのかも。
「この人そんな生活してるんだ!」という発見と、
「私の生活との違いに興味ある!」という身近さ。
そういう意味では「身近さ」って「自分と比較できるかどうか」と言えそうです。
まとめ
今回は自分のルーティーンに関する記事が思いのほか読んでいただけたことから、「読まれる記事」について軽めに考察してみました。
結果的には「身近なテーマで、何かしらの発見がある記事」が読まれる傾向にあるのかな?と。
![](https://assets.st-note.com/img/1716134137657-xBe4E0TsOa.png?width=1200)
今後の記事づくりの参考にしていきたいと思います。
よろしければ #noteの書き方 に関する記事を他にもどうぞ。
その他の記事はコチラから。
それでは、また。
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