『猫のリヤカー屋台』
……ピープーピー ♪ ピープーピー ♪♪
「さむい夜には、やってくるよ。
さみしい夜にも、やってくるよ。
たのしい夜にも、やってくるよ」
ピープーピー ♪ ピープーピー ♪♪
「ねむれない夜には、やってくるよ。
待っていなくても、やってくるよ。
小腹がすいたら、やってくるよ。
小腹をみたしに、やってくるよ」
ピープーピー ♪ ピープーピー ♪♪
ピープーピー ♪ ピープーピーっ…… ♪
毎年12月の始めから、翌年の4月の始めごろにかけてのわずか数ヶ月の間、
このあたりには真夜中になるとやってくる
一台の"リヤカー屋台"がある。
この町に長く住んでいる人間ならば当たり前になっているこのラッパ音と謎のフレーズも、新参者にとっては『小腹を満たす』というフレーズから、それは何かしらの
"食べ物 屋"なのだろうと想像は出来ても、"人寄せ"の為であるはずのその文句の中に、その正体を示すような単語は一つも見当たら無かったものだから、
一体何が言いたいのか?
結局何を売り歩いているのか?
到底分かるはずも無かった。
ラーメンなのか?
石焼き芋なのか?
はたまた、
こんな夜更けにまさかの豆腐なのか?
……と、その"音の主"を捜し当て、一体何を売り歩いているのかと見届けなければ落ち着かず、気にならずにはいられない。
裏を返せば、それこそがこのリヤカー屋台の人寄せの為の"作戦"で、人間たちは、"まんまと"してやられているのかもしれない。
人間たちは……というのも、
このリヤカー屋台を引いていた
のは、一匹の"クロ猫"だった。
木製の手作りっぽいリヤカーを、
ギシギシ軋ませながら、慣れたかんじで急な坂道だって軽々と引いてやって来た。
本当に真っ黒な猫なものだから、下手すると夜の闇の中に埋もれてしまって、それは無人の屋台に見えてしまうほど。
売っていたのは、実は
『ショコラショー』
ココアのようなあれだ。
正確には、ココアとショコラショーは
"似て非なるもの"で、
ココアとショコラショーの違いはカカオバターの有無。
ココアは、ココアパウダーの製造過程で、カカオ豆から作られるカカオマスから、カカオバターという油脂成分が取り除かれている分あっさりとしている。
一方で、カカオバターを含むチョコレートで作られたショコラショーは、より濃厚な味わいなのだ。
この辺りでは、ホットチョコレートと呼ぶほうが馴染み深いのかもしれない。
しかしなから、このリヤカー屋台の店主はあえてそれをショコラショーと呼んだ。
それから店主は、
クッキーだったり、
スティックパイだったり、
カリッカリに焼いた薄い食パン
"メルバトースト"なんかも日替わりで持って来た。
……そうそう、特別な日には"クロワッサン"なんてこともあった。
とにかく、
このリヤカー屋台の店主のクロ猫が言うには、この店の看板商品はあくまでも
"ショコラショー"
であって、そのほかの商品に関してはただの"付け合わせ"に過ぎないのだ、と。
だから店主は、
ショコラショーを買ったお客には必ず
「コレを浸して食べると最高なんだよ。
だけど、うちのメインはショコラショーだけどね」
と言って控えめにすすめた。
僕が初めてこの屋台でショコラショーを買った時も同じことを言って勧めてきた。
あの日の"付け合わせ"は、確かスティックパイの日だった。
どうやら店主自身が、ショコラショーに菓子を浸して食べるのが好きらしく、とにかくショコラショーに合う何かを毎度一緒に運んで来た。
『付け合わせに過ぎない』
とは言いつつも、そのどれもが店主の作る"自家製"で、どうやら相当な拘りがあるらしい。
店主の言う通り、そのペアリングというか、マリアージュというのか……とにかくそれは最高に美味しい組み合わせだったから、拘っていたのは間違いない。
本来なら、"猫にチョコレート"って良くない組み合わせだからと、一度だけ店主にその事を尋ねてみたら
「あんな美味いものを食わせてくれないなんて酷い話さ……。
ボクらの身体には良くないからって聞いたけど、あれは嘘でしょ?
美味しいものを独占したいって奴が考えた。
ボクはこの通りだし、信じないけどね」
……と言って鼻で笑われた。
僕が初めてその屋台を利用したあの日から、毎年冬のその時期が近付いてくると、あのショコラショーの味が恋しくて、待ち遠しくてソワソワした。
そんなクロ猫の屋台では、一年に一度だけ特別なショコラショーが提供される日がある。
それは2月14日。
バレンタインデー
毎年その日になると、リヤカー屋台は午前0時のギリギリ、日を跨がないタイミングで僕の家の前に現れた。
そして僕のアパートの前でひと際大きくあの音を響かせてから、僕をアパートの前の道端におびき寄せると、待ち構えた店主は決まって僕にこう言った。
「どうせ今年のバレンタインも、チョコレートのひとつも貰えなかったんだろ?」と。
確かに店主の想像は当たっていたが、チクリと心が痛んだ。
そんな僕に店主は
「今日はボクからのおごりだ。
バレンタインのスペシャルなやつ。
今年はクロワッサン付きで」
なんて言いながら、温かいショコラショーをご馳走してくれた。
バレンタインデーのその日が終わってしまうその前に。
確かに、その日のショコラショーはいつものとは違っていて、スペシャルな味がした。
ほんの少しのトロみがあって、ナッツのような香ばしい風味がコクとなって、奥行きと深みが感じられるリッチな味わいなのだ。
それからも数年間、僕は幸か不幸かバレンタインデーという日に"ひと粒のチョコレート"にさえ縁の無い日々が続いていた。
その度に、午前0時の少し前になると例のリヤカー屋台の彼が僕のところに現れて、スペシャルな一杯をご馳走してくれた。
「さみしい夜にも、やってくるよ。
ねむれない夜には、やってくるよ。
待っていなくても、やってくるよ」
ピープーピー ♪ ピープーピー ♪♪
只今、2月14日午後11時45分。
いつもなら、スペシャルなあれを積んだ彼がリヤカー屋台を引いて、そろそろやって来る頃だ。
けれど、今日は彼は僕のところには来ないだろう……。
あの屋台と出逢ってから初めて、
今年はひとつのチョコレートを手にすることが出来たから。
それとは引き替えに、
今年はあのスペシャルなショコラショーが飲めないのかと思うと、
正直、少しだけ淋しくもある……。
………………………………………………………
ストーリーの中に登場した
"スペシャルなショコラショー"
のレシピをご紹介します。
ここではココアパウダーを使って作るお手軽バージョンと、チョコレートを削って作る本格バージョンをご紹介します。
通常のように牛乳で作るレシピでは無く、無糖のアーモンドミルクで作るちょっぴりリッチな味わいの、コクの深いショコラショーになります。
"Chocolat chaud riche
au lait d'amande"
お手軽ココアバージョン
(材料/1杯分)
・ココアパウダー(無糖) 小さじ山盛り2(約5グラム)
・砂糖 小さじ2〜3(←お好みで)
・お湯 少々(10mlほど)
・アーモンドミルク(無糖) 180ml
・チョコレート2カケ(←お好みで)
*ココアパウダーは、ヴァローナやバンホーテンがおすすめですが無糖で、乳成分の入っていないピュアなココアならお好みのもので。
*チョコレートは入れなくても、アーモンドミルクのコクがカカオバターの油分を補ってくれて充分美味しくお召し上がりいただけます。
(作り方)
1
小鍋にココアパウダー、砂糖を入れてから少量のお湯を加えて、ごく弱火でスプーンで滑らかなペースト状になるまでよく練る。
(焦がさないよう、よく練ることが風味が良くなるポイント)
2
滑らかなペースト状になったら、中火にして、つど混ぜながら少量ずつアーモンドミルクを足していく。
3
全てのミルクを投入し終え、ペーストとミルクが混ざったら、チョコレートを投入して溶かし、沸騰直前まで温めて、カップに注いで完成です。
!お鍋を洗うのが面倒ならば、レンジ対応のカップで、アーモンドミルク以外の材料をペーストになるまで先に練ってから、アーモンドミルクを少しずつ注いで良く混ぜ合わせてレンジにかけ、チョコレートを途中で加えて溶かすか、温かいうちにチョコレートを入れて溶かしながらお召し上がりいただいても…。
(沸騰、吹きこぼれに注意)
本格!Chocolateバージョン
(材料/1杯分)
・クーベルチュールチョコレート 25グラム
・アーモンドミルク(無糖)150ml〜180ml
(お好みで濃さを調整してください)
・砂糖 小さじ1(←お好みで)
(作り方)
1
クーベルチュールチョコレートのタブレットならそのままで大丈夫ですが、板チョコを使う場合は、削るかなるべく小さく割ってください。
2
小鍋にアーモンドミルク、お好みで砂糖を加え弱めの中火にかけ、泡立て器で空気を含ませるように意識して、常にかき混ぜながら人肌に温める。
3
アーモンドミルクが人肌に温まったら、チョコレートを加え、さらに空気を含ませることを意識しながら温まるまで混ぜ続ける。
!!決して沸騰させないこと。
チョコレートが完全に溶けて、"とろり"としたらカップに注いで完全です。
甘さを調整したい場合は、砂糖は後から加えても可。
*クーベルチュールチョコレートはカカオ分60〜70%のものがおすすめです。
(補足)
!アーモンドミルクが無ければ、普通のミルクで作り、隠し味にごく少量の有塩バターを加えても、コクが増してアーモンドミルクとはまた違った味わいを愉しめます。
!ジンジャーパウダー、カルダモンパウダー、シナモン、ブラックペッパーなどのスパイスを、お好みやその日の気分でほんの少し足しても…。
チョコレートの風味と、スパイスは本当に良く合うので、ほんの少量プラスしてお気に入りの味わいを探してみてください。
(スパイスに詳しくない場合、一度に数種類加えるのではなく、1種類ずつお試しされることをおすすめ致します)