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5-(3) 安全・経済的な代替案を検討するべき(その3):短時間で急な増水に適した対策を

〇はじめに
 東京都は石神井川上流地下調節池整備計画を進めようとしています。この調節池は、武蔵野市の武蔵野中央公園から西東京市の南町調節池を結ぶ地下トンネル式調節池です。東京都は、石神井川の溢水防止のために30万㎥の地下調節池の建設が必要と説明しています。
 しかし、Note 1で説明したとおり、石神井川上流域ではこれから河道整備を行う区間が多い状況となっています。このため、Note 2では、河道整備と合わせて河川脇の用地に、日常は公園などとして利用できる調節池を設置することを提案しました。
 本稿では、はじめに、降雨量と河川水位の関係を検証します。その上で、溢水の潜在的なリスクが残ると思われる河川の未整備区間に対して、現実的な対応として、住民の安心感のために溢水防止柵を設置することを提案します。
 
〇南町の河川水位と降雨量の関係
 南町調節池の上流側に水位計が設置されています。また、雨量観測所は、芝久保と田無にあります。南町水位計の水位が高くなった時のデータと2つの観測所で記録された雨量の平均の関係を図1に示します。データの出典は、東京都建設局が公開している水害リスク情報システムに拠っています。

 図1 南町水位計の記録と芝久保と田無の観測所の平均降雨量の関係
出典:東京都建設局の水害リスク情報システムのデータを基に筆者作成

 南町の水位計は、南町調節池取水口の上流側に設置されています。水位が高くなると南町調節池で水量がピークカットされますが、水位計の記録はピークカットされる前のデータです。
 データが示すとおり、2つの観測所で記録された雨量の平均が75 ミリ/時であっても、水位高は291cmとなっています。この場所の堤防高さは4m以上ありますので、事業の目標降雨量(65ミリ/時)を超える75ミリ/時の降雨が降っても、堤防高さには2割以上の余裕があったことが分かります。
 また、このグラフを見ると降雨量が多くなっても河川の水位がそれほど上昇していないことが分かります。「雨が強くなると石神井川の水位は急に上昇するが、残り1mほどの高さまでくると水位の上昇が止まる」という状況は、西東京市の市民からも確認されています。これは、Note 3でも説明したとおり、南町調節池の上流には2つの調節池が設置されていて、上流の調節池で河川の水量がピークカットされているのが理由と考えられます。特に、上流の向台調節池は81,000㎥という南町調節池の7倍近い貯水量を貯めることができる広大な調節池です。

写真 向台調節池(筆者撮影)

〇短時間での水位上昇に対する対策
 東京都建設局の水害リスク情報システムでは、水位の時間推移を確認することもできます。図2は南町水位計が最も高い水位を記録した2006年9月11日の水位の変化を示しています。

図2 南町水位計水位記録(2006年9月11日)
出典:東京都建設局の水害リスク情報システムからダウンロード

 このグラフが示すように、豪雨時に河川の水位が短時間に大きく上昇していることが分かります。都市部においては地表の多くの面積が舗装されているため、降った雨が地面に浸透せずに、短時間で河川に雨水が流れ込むようになります。つまり水位が急に上昇することは都市化された地域の中小河川の特徴と言うことができます。一方、グラフからも分かるように河川の水位が高いのは、とても短時間になっています。
 つまり、近年、増加しているゲリラ豪雨や集中豪雨に対しては、大きな水量に対応する巨大な調節池の建設ではなく、短時間に急に高まる水位に対応することが重要と言うことができます。
 
〇暫定対策としての防水フェンス
 上記のデータは、より広範囲の地域の降雨量を把握するために、芝久保と田無の観測所の記録の平均を用いています。図1のデータを見る限り、上流側にある芝久保・向台の2つの調節池は適切に機能していることが分かります。また、「これまでに溢水がなかったという履歴は、今後の豪雨時にも溢水しない保証にはならない」という意見があるかもしれません。
 筆者は図1のグラフから上流側の2つの調節池が確実に機能していることが分かる点や、上流部における河川の未整備区間(※)では1980年以降に溢水したことがないという履歴の点から、今後、未整備区間で溢水するリスクは極めて少ないと考えます。
(※)河川整備の着手が数年後になる区間は、「南町調節池~柳沢橋(青梅街道)」および「弁天橋(武蔵関公園東端)~本立寺橋」の2つの区間だけです(Note 4 参照)。これらの区間を「未整備区間」と呼びます。

 しかし、強力な台風や激しい雨を伴う降水帯が石神井川上流域に長時間とどまり、「非常に激しい雨が上流域全域に長時間降り続く」という可能性も全くゼロとは言い切れません。このような状況は私は非現実的と考えますが、絶対にないと断言することはできません。
 東京都が巨大な貯水量の地下調節池を必要と説明していることは、そのような将来の潜在的な僅かなリスクへの対応と理解できます。なぜなら、30万㎥という貯水量は、過去の調節池の貯水量Note 5で説明)、過去の溢水の履歴Note 3で説明)、本稿で示した降雨量と水位の履歴などでは全く説明がつきません。
 本計画では時間65ミリの降雨の対応を目標にしていると説明しました。しかし、1時間の中でも雨の強さは異なります。30万㎥という巨大な貯水量は、降雨時間の中でも特に降雨強度が強くなった「80ミリ以上の猛烈な雨」が、「上流域全域」に「長時間降り続く」ことを前提に、シミュレーションによって算出された数字なのです。
 50ミリ以上の雨になると、滝のように降る雨となり傘は全く役に立たなくなります。さらに80ミリ以上の雨は、息苦しくなるような圧迫感があり、恐怖を感ずるような「猛烈な雨」となります。そのような「猛烈な雨」が「上流域全域」に「長時間降り続く」というような状況は、もちろんこれまでにありません。つまり、30万㎥という現実離れしていると考えられる貯水量は、過去の履歴は全く無視して、机上のシミュレーションによって算出された貯水量なのです。

 議論を現実的なケースに戻しましょう。都市化された中小河川で一般的に求められていることは、上で説明したとおり、集中豪雨時に短時間だけ高い水位で流れる雨水に対応することです。石神井川上流域について言えば、「向台調節池よりも下流側の西東京市・練馬区において集中豪雨・ゲリラ豪雨が発生した時」に水位が上昇すると考えられます。このように限られた時間だけ高い水位で流れる水が溢水しないようにするには、河川脇に防水フェンスを設置するのが効果的と考えます。

写真 河川脇に設置された越水防止柵 (川口市で筆者撮影)

 写真の溢水防止柵は、川口市が河川の増水による氾濫被害を防止するために施工しているものです。コンクリート壁の増し打ちなどの対応策では費用が高額になるとともに工期もかかります。また、コンクリート壁では厚みがあり道路の幅員にも影響があります。そのような中、ステンレスで補強する案が浮上したとのことです。
 美観に優れ、価格も安く、強度も確保でき、短い期間でどの場所でも施工出来るなどの長所があるとのことです。このため、川口市は浸水被害が大きかった地域から設置を行っています。筆者は、川口市の担当者に何か不都合な点や問題などがあるか問い合わせたところ、「特段の問題はない」との回答でした。

 本稿で説明したとおり、石神井川上流においては、河道の未整備区間であっても溢水のリスクは少ないと想定されます。しかし、治水施設を整備する理由としては、「精神的な安心感」を近隣の住民に与えることも効果の一つとして挙げられます。河川の未整備区間については、河道が拡幅されるまでの期間、このような溢水防止柵を設置することを推奨します。

 東京都は、トンネル式の地下調節池の整備に13年間の事業期間を要するとしています。「水害の危険がある」と主張して事業を計画している訳ですので、長期にわたって危険がある状態のまま放置することは合理的でないのではないでしょうか。1310億円という巨額の事業費を要し、効果の発現が遅い事業を開始する前に、安価ですぐに効果の発現が期待できる対策の実施が求められていると考えます。

(参考文献)
Note 1:石神井川上流地下調節池は計画規模が必要か?(その3):護岸整備に長期間を要するエリアは限定的
Note 2:安全・経済的な代替案を検討するべき(その1):河川脇の用地の活用
Note 3: 石神井川上流地下調節池は本当に計画規模が必要か?(その2):上流には既に4つの調節池があり安全に治水が行われている
Note 4: 石神井川上流地下調節池は計画規模が必要か?(その3) :護岸整備に長期間を要するエリアは限定的
Note 5: 石神井川上流地下調節池は計画規模が必要か?(その1):南町調節池は溢水したことがない

※ 筆者は、正確で中立的・論理的な議論を望んでいます。
このため、もし上記の執筆に誤りなどがあった場合には、筆者(2024naturegreen@gmail.com)までご連絡下さい。訂正すべき箇所は、訂正するなどの対応に努めたいと考えています。

また、他の拙稿も読んでいただければ幸いです。以下からリンク可能です。
目次(「石神井川上流地下調節池整備計画」について)
7.「石神井川上流地下調節池整備事業」の残された論点:流域の浸水被害の低減に向けて



 

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