2-(1) 石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か(その1):現実と乖離した氾濫図の作成
武蔵野市選出の五十嵐都議会議員は、2024年3月14日の「令和6年予算特別委員会」において石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析の問題について質問しています。
重複する内容も多くなりますが、筆者も土木技術者として、当該事業の費用便益分析について調べた結果を報告いたします。(3回に分けて報告します)
【費用便益分析とは】
治水事業においても調節池などの治水施設の整備によってもたらされる経済的な便益や費用対効果を計測することを目的として費用便益分析が実施されます。また、この費用便益分析は、国の「治水経済調査マニュアル」にもとづいて行われます。
当然のことながら、公共事業を進めるためには、費用便益分析において「投資金額以上の効果(便益)が得られること」、すなわち「B(便益)/C(費用)が1.0以上であること」を確認することが求められます。
石神井川上流地下調節池整備事業で行われた費用便益分析には複数の問題点が挙げられます。第1回は、「過大な氾濫図の使用」についてです。
【本事業のために作成された氾濫図】
治水事業の投資効果については、洪水氾濫による被害(家屋、農作物、公共施設等)の防止効果を「便益(B)」として評価します。このためには、計画雨量の降雨があったときに、洪水氾濫エリアがどの範囲に拡がるかという点を調べなければいけません。
東京都は、調節池の整備がない場合には、図1で示すようなエリアが氾濫すると本事業の根拠資料で説明しています。
つまり、調節池がない場合には、超過確率1/10の65ミリ/時の降雨により河川に沿った広いエリアで上流域から下流域まで連続して氾濫するとしています。また、浸水深さが3~5mのエリア(青く図示)も広範囲にわたっており、これにより65ミリの降雨で、毎年1044億円の被害が生じると算定しています。
【一般に公開されている洪水想定区域図】
一方、東京都は建設局のHPで「洪水浸水想定区域図」を公開しています。この図は、超過確率1/100の100ミリ/時の豪雨により浸水が想定されるエリアを図示しています。つまり、石神井川の本事業の目標降雨よりもはるかに強い豪雨を想定しています。超過確率1/100というのは100年に1回の割合でそれを超えるような降雨量が発生することを意味する降雨量です。
この洪水想定区域図では、浸水が想定されているエリアは、西東京市~武蔵関駅付近の上流域と北区付近の下流域に限定されています。また、浸水深さは0.1~0.5m未満にとどまっています。
【都議会でも指摘されている大きな問題】
五十嵐都議会議員は、氾濫図について上記と同様の矛盾を153ミリ/時を想定して作成された「浸水ハザードマップ」と比較して問題を指摘しています(東京都議会令和6年予算特別委員会)。(参考:西東京市浸水ハザードマップ、練馬区水害ハザードマップ)
「浸水ハザードマップ」は、河川の溢水による氾濫に加えて下水が溢れたりする内水氾濫のエリアも示されていますので、河川の氾濫図よりも浸水予想エリアは広くなるはずです。この関係が逆転して、153ミリ/時を想定した「浸水ハザードマップ」の浸水予想エリアの方が65ミリ/時の洪水エリアより小さくなっていることは説明がつきません。「浸水ハザードマップ」は、「いざというときの住民の避難行動を促すということが目的でつくっているもの」と都議会でも説明されています。この浸水予想エリアが誤っているとは考えられません。
【まとめ】
複数のマップを比較すると、外部に公開されている「洪水想定区域図」や「浸水ハザードマップ」の浸水予想エリアが正しいことは明らかであると思われます。これが誤っていて過少な浸水エリアを示しているとしたら、行政が市民に不十分で安全を確保できない情報を提供していることになります。
つまり、東京都が石神井川地下調節池整備事業のために作成した氾濫図は、現実と乖離した過大な氾濫域が図示されていると考えざるを得ません。氾濫図は、浸水被害額を算定する基本になるものです。東京都は、氾濫図が正確に氾濫域を示しているか再確認し、誤っている氾濫域を修正する必要があると考えます。また、図の修正によって、想定される被害額も大きな修正が必要になるように思われます。
※ 筆者は、正確で中立的・論理的な議論を望んでいます。
このため、もし上記の執筆内容に誤りなどがあった場合には、是非、筆者(2024naturegreen@gmail.com)までご連絡下さい。訂正すべき箇所は、訂正するなどの対応に努めたいと考えています。
また、他の拙稿も読んでいただければ幸いです。以下からリンク可能です。
・目次(「石神井川上流地下調節池整備計画」について)
7.「石神井川上流地下調節池整備事業」の残された論点:流域の浸水被害の低減に向けて