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7.「石神井川上流地下調節池整備事業」の残された論点:流域の浸水被害の低減に向けて

 石神井川上流地下調節池整備事業に、1300億円以上の事業費を投入して工事が進められようとしています。今後、国によって新規事業の採択が認められると、巨額の税金が事業に投入されることになります。また、工事が行われる周辺地域では長期にわたって環境が大きく悪化します。
 筆者がこれまでのNoteで示してきたとおり、現在、計画が進められている石神井川上流地下調節池事業については、数多くの論点が残されていると考えます。事業の実施にあたっては、事業の必要性や合理性について納税者に対して分かり易い説明が必要と考えます。また、【論点8】については施設計画の変更が必要と思われます。

【論点1】現在の地下調節池の計画規模は本当に適切か
 
石神井川上流域には既に4つの調節池が建設されていて、近年は安全に治水が行われています。また、南町調節池が建設された1980年以降、上流域で調節池貯水量の不足を原因とする溢水被害は発生していません。過去の貯水量の履歴から見ても南町調節池の25倍に相当する30万㎥という規模は極めて過大ではないでしょうか。
 また、上流域で貯水する必要がある場合にも、調節池の容量についてはシミュレーションの結果のみに準拠するのではなく、「過去の降雨履歴と貯水履歴の関係」(Note 1を参照)や「過去の降雨履歴と河川水位の関係」(Note13を参照)も考慮した現実的な規模とすることが大切と考えます。

【論点2】事業評価のために作成された氾濫図は修正されるべき
 
事業評価のために作成された氾濫図は、都が作成している洪水浸水想定区域図や自治体の浸水ハザードマップと比べて、比較にならないほど大きな面積と浸水深となっています。事業評価のための氾濫図が誤っていることは明らかであると思われます。氾濫図は正しい想定図に修正されるべきと考えます。これにともない事業評価の被害想定額も修正されるべきと考えます。(Note 4:で説明)

【論点3】河道整備と調整池整備の便益を分けてB/Cは計算されるべき
 
東京都は第18回河川整備計画策定専門家委員会に事業費を修正した計算結果を提示しました。しかし、この計算も河道の整備効果と調節池の整備効果が区分されていません。
  「整備の考え方」に従って、調節池整備の便益は時間50ミリから65ミリの降雨に対応させるのが正しい費用便益分析の方法です。これにともない本事業の無害流量は、超過確率1/3、時間雨量50ミリに修正されるべきです。(Note 5で説明)   

【論点4】マニュアルで指定された資料の公表が求められる
 
東京都は、「治水経済調査マニュアル」に従って事業評価を行ったと説明しています。しかし、マニュアルで公表が指定されている「氾濫ブロック分割図」や「流量能力図」が開示されていません。外部からは、これらの資料が作成されていることさえ確認できません。「治水経済調査マニュアル」の指示に従って、これらの検討結果についても公表されるべきです。(Note 6で説明)

【論点5】過去の溢水履歴を考慮した対策を策定するべき
 
今後の浸水被害を軽減するためには、過去の浸水被害とその原因を分析し、その原因を解消することが大切です。近年の石神井川の河川溢水による被害は、ほとんどが下流域で発生しています。特に、過去20年間の溢水による浸水被害は、ほぼ全数が北区で発生していました。
 石神井川においては、中流域(練馬区内)に環状七号線地下広域調節池の取水施設があり、この施設で水量をピークカットできます。このため、河川全体で水量を管理することが基本であるものの、本事業の主な目的は上流域で河川の氾濫を防ぐことといえます。下流域の溢水防止のためには、他の施策を実施する必要があります。(Note 7およびNote 8で説明)

【論点6】内水氾濫の防止も合わせた浸水被害の軽減策が求められる
 
石神井川流域の過去20年間の水害の履歴を分析した結果、60%以上が「内水」による被害であることが分かりました。水害対策の実施にあたっては、これらの「内水」による水害を防止することも大切と考えます。
 一例として、西東京市では青梅街道に冠水リスクが高い区間があります。冠水リスクを低減するため道路脇の排水設備を増強し、東伏見公園拡幅予定地に新設する調節池に排水設備をつなげるなど、内水氾濫の防止も合わせた効率的な浸水被害の軽減策が求められます。建設局と下水道局との調整によって、内水被害と外水被害をともに削減する必要性については「第18河川整備計画策定専門家委員会」においても指摘されている事項です。(Note 10で説明)

【論点7】より安全・経済的な地上調節池などを検討するべき
 
トンネル式の地下調節池は、シールド式工法による建設が必要になるため工事費が高額になります。また、建設後も地下構造物の維持管理に多額なコストが必要になります。さらに、発進立坑が設置される予定の武蔵野中央公園は、戦時中の不発弾がある可能性もあり大規模工事は安全とは言えません。
 これに対して、地上部に作る調節池は建設費・維持管理費ともにはるかに安価です。また、平常時はグランドや公園として活用することができ、本来の調節池の機能以外にも多目的に使用することが可能です。(Note11で説明)

【論点8】東伏見公園拡幅部を活用し、安全・経済的な工事の実施と「伏見通りアンダーパス」の冠水防止を図るべき
 
地下トンネル型調節池の代替地は、河川脇の用地のあらゆる可能性を模索するべきと考えます。例えば、青梅街道の北側には東伏見公園拡幅と河川改修事業を行うまとまった用地があります。この位置に調節池を建設することにより、より安全・経済的な建設工事が可能です。
 また、現在の東伏見公園の取水位置は伏見通りの下流側に位置しているため、河川の氾濫時には「伏見通りアンダーパス」に大量の氾濫水が流入する重大なリスクがあります。伏見通りの上流側の東伏見公園拡幅部に調節池を設置して、「伏見通りアンダーパス」が冠水することのない施設計画とするべきです。(Note12で説明)

【論点9】短時間の水位上昇に対する対策が求められる
 
石神井川上流のように都市部の中小河川流域に豪雨があった場合には、流出が短時間に河道に集中して流量が一時的に急増する特徴があります。一時的に河川流量が急増した場合であっても溢水しないようにするためには、河道未整備区間においては越水防止柵で対応することが考えられます。
 下流部から河道の整備事業が進められているため、数年後も河道が未整備である区間は限定的です(Note 3 で説明)。また、河川の水位データから、上流域の調節池で水位がピークカットされていることが確認できます。河道の整備が行われるまでの期間は、暫定的に越水防止柵で対応することにより、局地的な豪雨への対策とともに河岸沿いの住民の安心感につなげることができます。(Note13で説明)

【論点10】関係者が協働した「流域治水」の実現が求められる
 
国は「水害対策における日本の新しい政策」と位置付けて、「流域治水」に転換することを2020年に法制化しています。すなわち、「河川の流域全体のあらゆる関係者が協働して、流域全体で行う治水対策」を進めることは、国による基本方針となっています。
 過去20年間の流域における水害の64%が「内水」を原因とし、35%が北区の河口付近でにおいて河岸工事で川幅が狭いときに発生した「溢水」です。このような状況にもかかわらず、本事業は「溢水」の防止のみを目的としたハード対策となっています。
 「内水」を含む水害全体の被害を低減させながら、良好な河川環境にとどまらず、住民の生活の質の向上にも資する地域環境の創出を目指す、いわゆる「流域治水」を進めることが求められています。(Note14を参照)

(参考資料)
Note 1: 石神井川上流地下調節池は本当に計画規模が必要か?(その1):南町調節池は溢水したことがない 
Note 2: 石神井川上流地下調節池は本当に計画規模が必要か?(その2):上流には既に4つの調節池があり安全に治水が行われている
Note 3: 石神井川上流地下調節池は本当に計画規模が必要か?(その3) :護岸整備に長期間を要するエリアは限定的
Note 4: 石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か(その1):現実と乖離した氾濫図の作成
Note 5: 石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か(その2):河道整備部分の便益の二重計上
Note 6: 石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か(その3):あまりにも少ない開示資料
Note 7: 石神井川上流地下調節池整備事業の事業評価について (その1):溢水被害の場所を考慮して議論すべき
Note 8: 石神井川上流地下調節池整備事業の事業評価について(その2) :近年の浸水被害は北区で発生
Note 9:過去の水害の原因を踏まえた対策の必要性(その1):石神井川流域での浸水被害は内水氾濫と北区での溢水
Note 10: 過去の水害の原因を踏まえた対策の必要性(その2):内水氾濫の防止も考慮した対策を検討するべき
Note11: 安全・経済的な代替案を検討するべき(その1):河川脇の用地の活用
Note12: 安全・経済的な代替案を検討するべき(その2):東伏見公園拡幅予定地の活用と「伏見通りアンダーパス」の冠水リスクの解消
Note13: 安全・経済的な代替案を検討するべき(その3):短時間で急な増水に適した対策を
Note14: あらゆる関係者が協働した「流域治水」の実現を

※ 筆者は、正確で中立的・論理的な議論を望んでいます。このため、もし上記の執筆に誤りなどがあった場合には、筆者(2024naturegreen@gmail.com)までご連絡下さい。訂正すべき箇所は、訂正するなどの対応に努めたいと考えています。

他の拙稿も読んでいただければ幸いです。以下からリンク可能です。
目次(「石神井川上流地下調節池整備計画」について)


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