(超短編) カンナの想い出
私は内海の島の港からフェリーに乗り、電車に乗り継いで高校に通った。
テスト期間中のある朝のこと。フェリーの欄干(らんかん)を背もたれにして同級生たちと談笑をしていると、突然、私の背後でドボ~ン!と何かが海に落ちる音がした。振り返ると海面に学生カバンが浮いている。フェリーの船首が立てる白波にまみれて、みるみる斜めに沈んでいくカバン。
(誰のカバンだ?)
私は足元に置いていた自分のカバンを探したみたが、ない。どこにもない。海に落ちたのは私のカバンだった。足元ではなく、欄干の板でカバンの底を支えて脇に挟んでいたのだ。友達のバカ話に、顔だけでなく脇も緩んだのだ。
その時の私はどんな顔をしていたのだろう。多分、能面のような顔だったに違いない。真顔なのか、笑っているのか、悲しんでいるのか、見る者によって違う顔。同級生たちが何か声をかけてくれ、それにどう答えたのか記憶がない。今日は数学と古典の試験がある。海に落ちた教科書の科目。とにかくそれをクリアしなければと、私は力無くフェリーを降り、電車に乗るべくいつものように踏切を渡った。
電車はすでに駅に停車していて、学生たちを待っている。その視線の真ん中に飛び込んで来たのは、真っ赤なカンナ。線路の脇で電車の風に幾度となくあおられても、夏の太陽を糧として咲いてるその姿に、何故かその日、心が動いた。
車窓を流れていくカンナを見送りながら、私は、あっ!と思い出した。
(あれが見つかったらやばいぞ)
カバンの最前列のファスナーの奥に、渡せずに仕舞われたままのラブレターがある。どんな愛の言葉をつづってあるのか、さっぱり思い出せない。その代わり頭に浮かんだのは、漁師が私のカバンを網で引き上げラブレターを見つけ読んで、大笑いしてる光景だった。誰のカバンなのか、誰がその手紙を書いたのか、町で騒動が始まるのだ。
(もう海底深く沈んでてくれ。オレの恋はカバンとともに、海のもずくと消えたのだ)
うまく心に収めたつもりだったが、あれ?何かが違う。
(それを言うなら、もくずだろ!?)
私は、ひとり静かに自分に突っ込んで笑ってしまい、元気が出た。あの赤いカンナが私に元気の種をくれたに違いない。
古典はまあまあ、数学は最悪の出来だった。あの日以来、私は文系だと思っている。カバンが見つかった話は、いまだ聞いてない。
(了)
カンナ(赤)
花言葉:堅実な末路