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【時空探訪】時の止まった村

ヒューヒューと冬風が吹く。
生い茂るヨシがザザザザと風になびく。
「イノシシ注意」の看板。
草むらで何かが動く音。
「出てくるなら、出てこい」
一本道の先には、異世界がある。

僕は一人、歩を進めた。
僕が向かうのは、時の止まった村だ。

谷中村の入り口

  
ここだ。着いた。
そこには、時の止まった谷中村が、ひっそりと眠っていた。
 

谷中村跡


僕は深呼吸して、目を閉じた。
時空探訪の時間だ。

 老夫婦が話す声が聞こえる。
ゴホゴホ ゴホゴホ
女「じいちゃん、大丈夫かえ」
男「咳が止まらねえな」
女「隣のばあちゃんも、じいちゃんと同じ咳してるな」
男「もう、ここさ、住めなくなるのかな。ここ、で~好きなのにな。ゴホゴホ。昔はこの川、すげーきれいだったのにな」
女「そういや、今日も神社さんのとこで大事な話があるってな」
男「この村出てけってか。ゴホゴホ。おら、ここ離れたくねえ。ここで死にてえ」
 
谷中村は、廃村以前、2500人余りが暮らす豊かな村だった。
明治39年、足尾銅山から流れ出た鉱毒で強制廃村となった悲劇の村だ。
 
仲睦まじく暮らしていた村人たちは、どんな思いで、この村を後にしたのだろう。
村人たちが、その無念な気持ちを僕に語り掛けてくる。
寂寥感に覆われる場所である。

冬風が寒い。
僕は一人、現在へと続く、冬の野道を引き返した。

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