吉本ばなな「ムーンライト・シャドウ」

 「ムーンライト・シャドウ」は、吉本ばななの代表作「キッチン」の文庫版に収録されている短編小説だ。私は「キッチン」も勿論好きだが、こちらの「ムーンライト・シャドウ」の方が特に印象に残っており、何度も読み返している。
 この物語は、愛する人を亡くした者の再生が描かれている。主人公の大学生・さつきは事故で恋人の等を亡くした。さつきは物語の中で、等と過ごしたささやかで愛おしい日々を振り返る。その日常がささやかであるほど、彼女の悲しみや喪失感がより増して伝わる。彼女は事故以降、しぼんだ心を励ますためにジョギングを始めた。
 もう1人の登場人物としては、等の弟で、高校生の柊が挙げられる。彼は事故で兄と恋人の両方を失った。彼は事故以降、恋人の形見であるセーラー服を着て登校するようになる。突飛に思える行動だが、これはさつきにとってのジョギングと同じ役割だとわかって納得した。ジョギングも制服も、気を紛らわせるための一時的な手段に過ぎないが、心の傷を癒すために前に進もうともがく登場人物たちの姿に心を打たれた。
 愛しい思い出は過ぎ去り、悲しみも永遠に続くわけではない。このことは寂しく、虚しく思えるが、何よりも美しいことであると物語を通して実感することができた。


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