失われた命|フィリピン
ジャングルに囲まれた小さな病院。
日本人の感覚で言えば、
クリニックといった規模の医療施設だった。
でもその地域の人達にとっては唯一の病院だった。
日本から届いた医療機器が木枠梱包の状態になっているので、
同僚や現地スタッフ達とともに開梱していた時のことだ。
今度は作業場に医師がやってきて、
「超音波診断装置を先に出してもらえないか」
と頼んできた。
理由を聞くと、
「妊産婦の患者だけど、
お腹の中の赤ちゃんの様子がおかしいので、
緊急で検査をする必要がある」
とのことだった。
全ての機材が梱包された状態なので、
開梱しないことにはなかなかすぐには取り出せない状態だったが、
とにかく緊急事態として作業を急いだ。
10分程かかったものの何とか梱包状態から取り出し、
急いで装置をセットアップしてドクターに渡した。
それ以上できることがないので、
また開梱する作業を続けながらも、
妊産婦の患者がどうなったのか気になった。
実際に検査や手当をしている
医療従事者の邪魔をするわけにはいかないので、
とにかく自分のやるべきことを進めながらも、
どうしても気になっていたので、
翌朝になってその医師に聞いてみた。
残念ながら妊産婦のお腹の中で胎児が亡くなった、
とのことだった。
赤ちゃんが生まれることを楽しみにしていた家族の気持ち、
救い出せなかった医療従事者達の気持ち、
そしてすぐに装置を取り出せなかった自分の力不足、
とにかく全てが辛く感じた。
日本国内の立派な病院であったとしても、
医療従事者の方達はそういう体験をたくさんされているのだろう。
自分の肉親でなかったとしても、
やはり目の前で誰かの命が失われるのは辛い。
さらに数日後、母親の病状について医師に聞いてみると、
同じく母親も亡くなってしまったとのこと。
もっと何かできなかったのかとも思ったのだが、
医療従事者でも何でもない私には、
冥福を祈る以外には何もできなかった。
機械技術者でしかない私は、
直接患者を救うことはできないけど、
こういう悲劇が少しでも減らせるよう、
自分を磨いていくしかないと思わされた出来事だった。