【夢日記①】産道と隣合わせ
私も「夢日記」を書いてみようと思った。
どうしてか?
それは、自分の夢を通して誰かと共有できる点を
見つけられるんじゃないか と思ったからだ。
夢とは不思議なもので、シラフでは思いつかないような光景を見ることができる。
今回の夢もなかなかでした。
■概要
私は大量の赤子がいる道を歩いていた。
いや、道を流されていたイメージに近いかも。
そして、それは直感的に「産道」だと思った。
■感想
いくつもの生が死(酸)の海で呻きをあげ果てていったことであろう。
その光景から我々は逃げることはできない。
何億、何十億、何百億の命が果てた上に私たちは成り立っているのだから。
きっと、我々が死というものを考えるのは生を受ける前から死を見てきただからであろう。