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あれはバッタもんだったんだ

社会人になりたての頃だった。
ファッションビルの雑貨屋さんでシャネルのNo.5を買った。それはロールオンタイプだった。いっぱしにお金を稼げるようになって、大人の仲間入りをしたふうに思っていた私は、No.5が”大人の女の象徴”であるような気がして買ったのだ。そして、それをほんの少し耳元につけて出勤していた。


ここで香水に詳しい方はクエスチョンが浮かぶはずだ。
シャネルのNo.5にロールオンタイプは販売されていない。それに、当時はドンキホーテのような店舗はなかったし、並行輸入にしても海外製のものは今と比べて高かったはずだ。いくらで購入したか記憶にはないが、数千円だったのではないかと思う。
つまり、今思えばそれは”バッタもん”だった。


当時は著作権だの商標登録だのあったにはあってもかなり緩く、シャネルのロゴのネックレスなど普通に雑貨店で2 〜3000円で売られていた。
そして消費者である私たちも、それが偽物か本物かであるかどうかなど気にせず購入していた時代だった。

その偽物のNo.5はかなりよくできてはいたが、今嗅いでどう違かはきっとわかると思う。思い出す限り、本物のNo.5より少し脂っぽいがまろやかで、香料に奥深さはなかったような気がする。現在の偽物香水は香りが薄いとよく聞くが、そのバッタもんは安っぽさはあるものの、しっかり香りを放っていた。

何故今になってそれを思い出したのはかわからない。死ぬ直前にこれまでの人生が走馬灯のように脳裏に浮かぶと言うが、それではなさそうである。
ただ、これからの乾いた季節にNo.5はよく似あうだろうなと思う。


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