見出し画像

【超短編小説】最後の手紙

こうしてちゃんとあなたに手紙を書くのって、初めてかもしれないわね。
私ね、まだ怒ってるの。あの日のこと。
私だってわかってるわよ、あなたの中に私がいないってことくらい。
だけど、あれは既読スルーどころか未読スルー、いや、ミュートを通り越してブロックって感じよね。ひどいわ。
友達は、もう許してやれとか、そんな男諦めろとか言うけど、違うのよ。
私はただ、私もあの女(ひと)みたいに大切に扱ってほしかったの。
あの女はあなたにとって利益のある人かもしれないけど、私だってあなたには利益をもたらしてるわよね。わかるでしょ?知性のあるあなたならわかるわよね?

2023.5.5

先日は本当にごめん。君がそんなに怒ってるなんて知らなかった。本当に本当にごめんなさい。邪険にするつもりじゃなかったんだ。これは言い訳だけど、あの日僕はトラブってて余裕がなかったし、これからの仕事のことで彼女の力がどうしても必要で、ご機嫌を取らなくてはならなかった。君を人として大切にできなかったこと、謝るよ。
それとは別になんだけど、、君の気持ちを受け止めることはできない。好きな人がいるとかじゃないんだ。ただ、君ではないんだ。ごめんよ。

2023.5.23

そんなこととっくにわかってるわよ。あなたが私を好きじゃないってこと、とっくにね。だから、せめて人として大切にしてほしかったんじゃないの。
もういいわ。怒っても無駄みたい。でも怒ってるわよ。
今日は自分の為に花束を買って帰るわ。私が好きなピオニー、フランス語でpivoineっていうの。花は文句も言わずただ美しく咲くことだけに専念していて良いわね。

2023.5.29

どうしようか迷ったけど、この手紙で最後にするよ。僕に優しくしてくれてありがとう。元気でね。

2023.6.16



ピオニーってピボなんとかっていうんだっけ?ドイツ語?フランス語?ちょうどこの間花屋の前を通って、そして買ったんだよ、花束を。店員が「奥様か彼女さんへのプレゼントですか?」みたいな目をして声をかけてきたから、僕は「妻か彼女へのプレゼントですって顔してピオニーをください」って言ったんだ。良い香りがする花だね。気に入ったよ。花を買うっていいな。
今更こんなことで君に手紙を書くなんて、厚顔無恥ってやつだよね。でも気づいたんだ。
また手紙を書いても良いかな。

2024.5.12

君からの返事が来ないってことは、もう僕は君の世界にいないんだね。そうだよね、僕は君に悲しい思いをさせてしまったから。やっぱり最後の手紙にするよ。

2024.6.2

pivoine、ピボワンヌ。フランス語。急に思い出したように手紙を送ってくるなんてずるいわよ。
で、何に気づいたの?自分の気持ちなんて言うんじゃないでしょうね。

2024.6.7

そうだよ。僕の気持ちだよ。pivoineって言うんだった。あの花を見るとどうしても君のことを思い出してしまうんだ。

2024.6.15

あなたの世界に私はいなかったはずよ?何故思い出すわけ?どれだけ私のこと振り回すの?

2024.6.27

君だって返事を書いて送ってくるじゃないか。

2024.6.29

じゃあ送らない。

2024.7.1

二度と送らない。

2024.7.2

三度目はないと思って。

2024.7.3

君が僕に返事を書くよう仕向けてるみたいだね。

2024.7.5

私はあなたの知的なところに惹かれたけど、はっきり言うわ。
あなたってバカよ!バカ!バカ!

2024.7.12

僕はバカな男さ。学歴はそこそこあるけど、稼ぎはそんなに多いわけじゃない。容姿だってこんな感じだし。でもおかげさまで事業は軌道に乗ったよ。それで、思い切って言ってみるけど、今度会わない?コーヒーでも奢るよ。

2024.7.21

コーヒーですって?女がみんなコーヒー飲むとは限らないのよ。私は紅茶派。でも知らないのは当然よね。あなた私に関心なかったんだもの。私が何が好きで何が嫌いか、何も知らないのよ。知っていたのは私の気持ちだけ。
でも、いいわ、会ってあげる。

2024.7.25

良かった、会ってくれるんだね。その時に言うよ、僕の気持ち。ちゃんと顔を見て言いたい。紅茶の美味しいお店、探しておくよ。

2024.8.2

じゃあ、手紙を送るのは、これが最後ね。

2024.8.5

うん、きっとそうさ。これが最後の手紙になるはずさ。

2024.8.7

いいなと思ったら応援しよう!