〜heldioガイド〜【V】vernacular

heldioとは?
・慶應義塾大学文学部の堀田隆一先生が「英語史をお茶の間に」をモットーにVoicyで毎朝6時に配信されているラジオ

・このガイドは、heldioを楽しむための道案内となることを願い、お茶の間の住人が作成しているものです。
・アルファベットのAから順にheldioにまつわるキーパーソンやキーワードを紹介します。
\今日からあなたもheldioリスナーに/


ヴァナキュラーについて考える、ヴァナキュラーから広がる話題アレコレ

前回の【U】から3か月近く経ってしまったが、完走に向けてheldioガイドもぼちぼち更新したい(年内には終わるだろうか…)。
さて、heldioではさまざまなトピックが語られているから、毎日聴いていると必ず興味をそそられるものに出くわすだろう。私が惹かれた用語の1つは、「ヴァナキュラー」である。
もう2年以上前のことになるが、heldioに加えてhellogにて集中的に取り上げられていたことがあり、それ以来ずっと気になっていた。ちょうど【V】が巡って来たので深掘りしてみたい。いや、深掘りではなく、はじめの第一歩となるメモ書き程度なので、温かい心で読んでいただけると嬉しい。
まずはヴァナキュラーを扱ったheldioとhellogの関連回を載せておく。

【heldio】
#386. 岡本広毅先生との雑談:サイモン・ホロビンの英語史本について語る
#478. 英語ヴァナキュラー談義(岡本広毅&堀田隆一)
【hellog】
#4804. vernacular とは何か?
#4809. OED で vernacular の語義を確かめる
#4812. vernacular が初出した1601年前後の時代背景
#4814. vernacular をキーワードとして英語史を眺めなおすとおもしろそう!

簡単にまとめるとヴァナキュラーとは、
・英語史の文脈において、威信の高い国際的なラテン語に対して母語として日常的に使われる土着の言語である英語を指した。
・OEDによると、初出は1601年の「英語で書く」という形容詞用法であり、「土着の言語」を意味する名詞用法は18世紀はじめに現れた。17世紀初めというのは、書き言葉において英語がラテン語に対抗し始めた時期と重なる。
・21世紀の現代では英語は国際語として世界中で威信を高めている→英語と他言語、また標準英語と非標準英語の関係やそれぞれの変遷を見る際に有用な概念となる。

英語という言語の存在や立ち位置を考えることにつながり、何とも面白そうだ。

もう少し詳しく知るために、ウェルズ恵子編著の『ヴァナキュラー文化と現代社会』を手にとってみた。はじめに(ウェルズ)と第11章(小長谷)から、ヴァナキュラーの定義と考えられる箇所を引用したい。

vi 〈いま〉人々のすることこそがヴァナキュラー文化である。ヴァナキュラー文化の研究は、たとえ過去の文化を扱っていても、その分析は必ず現在の文化を知るための鍵になる。ヴァナキュラー文化は権威の箱に収まることなく連続し、変化しながら生き続けているものだからだ。

生活に密着し、公的権威をもたないコトやモノに対して使う言葉である。

vii より多くの人々に近しいもの、強く真実な訴えを持ったもの、長い年月を生き延びる価値を潜在させた文化、革新の始まり、というニュアンスを持っている。

p221 主に土地の言葉、地方語、俗語等、「言語」を意味する一般語である…

ヴァナキュラーの語感にともなう意味の多義性、特に土地との連想や周辺的なもの、雑多なもの、劣位のものといった否定的なニュアンスの奥行きが、近代思想・学問の主流や正統に軽視・無視されてきた文化、社会、歴史の文脈に光をあてる手がかりとなっている…

p229 ヴァナキュラーは文脈によって意味の対立的な構造を逆転し得るのである。今日の文化研究がヴァナキュラーに注目するのは、その変化の可能性である。

p233 ヴァナキュラーはその意味の両義性や多義性に鍵がある。その曖昧さに構造的な力の関係性を揺るがす契機があり得るからである。「文化」を、歴史や社会の具体的実践の文脈に位置付け、中心から外れた視点からとらえていくことに、ヴァナキュラーへのアプローチの意義がある。

今の段階で全てを理解することはできないのだが、人々の日常との距離の近さ変化しやすさ=変化の受入れやすさといったところにポイントがあるだろうか。変化との関連で言えば、標準英語は外部から「正しい」とのお墨付きを得ているだけで必ずしも多数派ではないし、他変種と比べて「特異」な性質を示すことも多々ある(cf. Trudgill 2009)。ブレーキがかかりにくいからこそ発現するエネルギーとその結果、それはまさに私たちの日々の生活の中で生まれることなのだろう。冒頭に掲げたとおり、ヴァナキュラーについて考え、ヴァナキュラーという概念をとおして言語の諸側面を捉えて行きたい。

参考文献
Trudgill, P. 2009. Vernacular Universals and Sociolonguistic Typology. In Vernacular Universals and Language Contacts, edited by M. Filppula, J. Klemola and H. Paulasto, 304-22 . New York: Routledge.
ウェルズ恵子(編著). 2017.『ヴァナキュラー文化と現代社会』思文閣出版.



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