
見えないものは「ない」
コ□ナが危険だ
というひとというのはまだいるんだろうか
わたしは初期のころから
あまり信じていなかった
コ□ナの騒動というものの本質は
戦争であったり
実験であったのではないかと思う
戦争というものは
権力や金の奪い合いという性質を持っていて
コ□ナで得をしたひとは誰なのか
ということを考えてみる
実験という意味では
コ□ナについての情報が
どこをどんなふうに流れたか
それを追うことで
誰と誰がつながっているのかを
追うことができるし
何と何の親和性が高いのか
ということを知ることもできただろう
あるいは
恐怖というものがどのように伝播していくのか
その場面にあるときひとはどのような行動をとるのか
ということも知ることができた
ということはさておき
わたしのスタンスはコ□ナについて気にしない
ということだった
娘たちに伝えたのは
「どんな怖い病気でも健康なひとはかからないし死なない」
ということだ
伝染病の怖さというものは
・感染率
・発症率
・致死率
というようないくつかの指標で測ることができる
例えば
狂犬病の場合、発症すれば致死率はほぼ100%
天然痘やエボラ出血熱の致死率はで20〜50%
HIVの性行為による感染率は
コンドームなどの避妊器具未使用のケースで0.1〜1%
死ななければいい
と定義するならば
健康であれば死なない方に入るはずなのだ
発症しないとか手前で止められる
さらにわたしは娘たちに暗示をかけた
「毎日ちゃんと寝てご飯を食べればかからない」
と唱え続けた
かくして
わたしたちは一度もコ□ナにはかからなかったし
インフルエンザにもかからなかった
実験は成功したと言っていい
その間
老人施設に勤める友人は
何回か職場で勧められるままワクチンを接種し
何回か家族ごとコ□ナにかかった
職業は時に生き方だ
疑う方は同じように実験してみたらいいと思う
「自分で」好きな現実を選んだらいいと思う
他人はどうでもよくて
戦う必要も説得する必要もない