働きながら大学院に通う:MPH編
通い始める経緯
家庭医療の指導医養成フェローシップが終わる頃、次のステップを漠然と考えていた。このころは札幌のクリニックで副院長として勤務しており、マネジャーの入り口にたったころだった。同時に、幅広い疾患に対応できることも重要と感じており、骨折の整復・固定や、婦人科診療研修、思春期診療など疾患面について多くの学びを増やしているところであった。
しかし、フェローシップが終わりに近づくにつれ、自分の関心が「どれくらい幅広い疾患に対応できるか」から「クリニック全体としてどのような質のケアを提供できるか」に変わっていっていることに気が付いた。もう少し詳しく言うと、少なくとも都市部の診療所というセッティングにおいては、診察室の中だけで医者が何かをやっていても、大して良いケアはできないだろうと思うようになっていた。都市部では様々な専門科へのアクセスも良い。もちろんmultimorbidityへの対応も重要であるから、専門科へのアクセスがよければ家庭医の役割は小さくなるというわけではない。しかし、自分がこの科のこの病気が診れないせいで患者に重大な危険が及んでしまうという事態は、そのようなセッティングでは極めて発生しづらくなる(ただし、自分は離島での勤務経験も半年あるので、これは離島では全く当てはまらないということは付け加えておきたい)。そのような都市部に近いセッティングにおいて、診療の幅広さを求めていくだけで患者に真に必要な価値を提供できるようになるのかと自問すると、この路線はどうも違う、この路線では十分に役に立てそうにない、と感じるようになっていた。
家庭医は地域にどのようなレイヤーの人々がいて、
どのようなunmet needsがあり、
どのようにそれぞれの層にリーチしていくか、
そしてリーチした際に行われるケアが真に患者中心であるにはどうすればよいか
を考えなければならない。ケアは患者が来院する前から始まっているのである。
ということで、どうすればこのようなことができるようになるかを考え、マーケティング、Value Chaine、公衆衛生、医療経営・管理などの分野への関心が高まっていった。その頃、ちょうど家庭の事情で福岡に引っ越そうかと思っており、たまたま九州大学で医療経営・管理学が学べることを知った。
実は学びはじめの経緯はこのようなものだった。半分は引っ越しが理由で、半分はタイムリーに学びたいことがあったからだ。学びたくて引っ越したわけでもない。偶然と巡り合わせの第一歩である。ただ、どこでなら何が学べるかというアンテナは予め張っていたという点は、自分にとって幸運だったことだと思っている。と言っても、インターネットで「医療経営」とかのキーワードで学ぶ機会を探していただけなのだが、馬鹿にすることなかれ、これが学びはじめのきっかけなのである。
実はフェローの1年目のころから「医療経営」のキーワードで検索し、九州大学で医療経営・管理が学べることは調べがついていた。しかし、当時は福岡に行く予定もなかったし、入学試験では「研究計画書を持ってこい」という、それまで大学院と縁がなくクリニックで働いている家庭医には到底実現できないであろうハードルがあったため、完全に諦めていた。しかし、フェロー2年目で家庭の事情から福岡に引っ越しすることを考え始めた際に、何気なくもう一度同大学院のホームページを訪れたところ、入学試験が「英語・小論文・面接」という、頑張ればパスできそうなものに変わっていることに気が付いた。このときにスイッチが入り、入学に向けて準備をすることを決めた。一度は縁がないと思ったことでも、後から縁が戻ってくることがあるのだから、不思議なものである。
実際の大学院生活だが、1年目には週に1日火曜日だけ、講義のために丸一日空けなければならなかった。そして、それは本当に丸一日だった。
8:40-20:00まで!
働くのに比べれば坐学はそう大変じゃないだろうと思っていたが、ここまで長いとそんなことは言っていられない。コーヒーでカフェインを補充しながら授業を受けていたのを今でも覚えている。
自分は常勤医として働きたかったので、土曜日に常時出勤する代わりに火曜日を大学院の日に当てさせてもらった。1年目に単位をほぼ取得していたこともあり、2年目は研究指導を受けるだけでよくなった。これは勤務終了後にダッシュで大学院に行けばぎりぎり間に合うものだったので、特に勤務に穴をあけずに学び続けることができた。
働きながら学ぶのに時間の工面はどうだったかとか、大変じゃなかったかとかよく聞かれるが、大変ではなかったというと嘘になるかもしれない。しかし、直前にやっていたフェローシップのおかげで、働きながら学ぼうとした際に捻出しないといけない時間についての期待値が自分の中でできあがっていたので、割合計画的に無理なく学習できたと思う。さらに、勤務条件や収入面では常勤医の状態で、学費も国立大学ということでaffordableだったので、そういう面でも自分にとっては無理のない選択だったと思う。
どのような学びが得られるか、どこで学べるか
九州大学でどのような学びが得られるかについては、同じく家庭医・総合診療医のsakiyamaさんのnoteに詳しく記されているので、ぜひご覧いただきたい。
また、家庭医療・総合診療は公衆衛生と親和性が高いと思うが、公衆衛生大学院は九州大学以外にも存在する。どこで学べるか、何が学べるか、学ぶとどうなるかなどについて、聖マリアンナ医科大学の家研也先生と、亀田ファミリークリニック館山の岡田唯男先生が編集主幹の下記特集も参考になると思う。
ちなみに、日本の大学院は"Master of Public Health"を学生に授与する権限があるのだが、これは当該大学院自体が公衆衛生大学院の基準に適合しているかどうかと関わらず可能のようである。現在は大学基準協会が各大学院を公衆衛生大学院として認証できる基準にあるか、5年おきに評価している。2020年8月現在、調査を受けてこの基準をpassしているのは東京大学、京都大学、九州大学、帝京大学の4つのようである。
海外に目を移せば、世界の公衆衛生大学院としてJohns Hopkins Bloomberg School of Public HealthとHarvard T.H. Chan School of Pubic Healthが有名である。前者は日本でオンラインで受講することも可能である。が、費用は目が飛び出るほど高い・・・。もし何らかの奨学金を利用できるなりで学費の件をクリアできるようであれば、こちらも選択肢に入るかもしれない。
2年間を振り返って
自分としては当初の問題意識だったことについて多くのことを学べ、さらにマネジャーとして意味のわからないまま経験していたことに後付けで意味づけがなされ、何に対してどのように対処すべきかについて深く理解できるようになっていったことから、この2年の学びは非常に貴重であったものと思っている。また、大学院で行った研究もきちんと形にすることができたのも大きな意味があった(impact factor 2前後の査読付き英語論文、2020.8月現在の被引用回数:英文雑誌論文2、日本語修士論文1、中国語雑誌論文1)。
実はここで研究に触れたことがきっかけで、次にHarvard Medical Schoolの研究入門プログラムに入ることになるのだが、このときはまだ九州大学大学院に行ったことがその後の自分のキャリア選択に大きく影響してくるとは、夢にも思っていなかった。
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