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代用プリンセス 3「代用シンデレラ 」(連載小説)
新井 愛美、九才。
掃除の時間。当番だった愛美は、全部の生徒の机を後ろに寄せていた。教卓近くでは、クラスの中でも中心的なグループのキョウカたちが、黒板も消さずにおしゃべりをして笑っている。
「ねえ、それも動かすから」
愛美の忠告に舌打ちで返事をしたキョウカは、黒板消しを掴み、愛美に投げつけた。
黒板もやっといてよね、お掃除大好きなんだもん。やってくれるわよね、シンデレラさん。
チョークの粉にまみれた愛美に向かってキョウカはそう吐き捨てて教室を出て行った。
愛美は、キョウカのことが羨ましかった。
自分自身のことを、私やウチではなく、名前で呼んでいることに、羨ましくて、つい嫉妬してしまったのだ。
愛美は小さな頃から、自分のことを、私と呼んでいた。女の子らしく自分のことを、キョウカはね。と呼んでいる彼女に対して愛美は、子どもっぽいのよね。と強がって笑った。
キョウカからの仕返しはそれから学年が上がっても続いていた。登校すればまず、消えた上履きを探すことになり、帰りの支度をする頃には、愛美の黒くて長い髪はチョークの粉まみれになっていた。
そのみすぼらしい姿から愛美はクラスのうちでは、シンデレラと呼ばれた。
道徳の授業で宿題が出された。
「自分の名前の由来を調べてくること」というもの。
愛美はすぐにその宿題を済ませたかったのだが、帰宅しても、自分の名前の由来を裕実に聞くことはできなかった。
裕実とは、最近はまともに会話すらしていない。
裕実は日中はきちんと主婦をこなす。洗濯も食事も家族分全てをこなしている。
しかし、愛美が学校から帰る時間になる頃には、既に家を空けるのだった。
愛美は先に、社会科の宿題を済ませながら、夕食の時間を待った。
悠斗が帰ってくると、裕実が作り置きしておいた夕食を二人でとった。
その時間を愛美は宿題に利用した。
「ねえ、パパ。私の名前って、どんな意味で付けられたの?」
その質問に悠斗は数秒間、黙ったままに愛美をじっと見つめてから箸を置いた。
どうしてそんなことを聞くんだ? その穏やかな口調には、僅かな緊張感が見えた。
「あのね、学校の宿題で。道徳の授業で発表するの」
なんだそうか。悠斗は食事を続けながら愛美に教えた。漢字のそのままの意味だと。
週末になると、愛美の様子を窺うため遊びに来る悠斗の妹、愛美の叔母にも同じ質問を愛美はしてみた。
しかし、いつも温厚な叔母がその質問には冷たく、知らないわ。とだけ返した。
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