タラレバ論
先日、OBの話として母校を訪問。Benesseさんの取材以来だから、1年ぶりくらい。この日に感じたことはシンプル。
コロナ禍であっても、みんな生きている。
受験生も先生方も、ひさしぶりに再会した友人もみんな精一杯生きてた。自分が今やるべきことを見据え、できるカタチでチャレンジし、自分なりに頑張ってた。純粋に嬉しいし、刺激をもらった。
大学受験を振り返ると
今は山梨に居るけれど、センター試験であと20点取れていたら、判定が優れなくてもチャレンジしていたら、東京に居たかもしれない。
今は山梨でチャレンジしているけれど、もし東京に居たら、大学生図鑑も、山梨大学生向けのコミュニティ作り(学生団体Catalyst)も情報サイト作り(梨っ子掲示板)もしていなかったかもしれない。
もし東京で学んでいたら、将来は山梨県以外での就職や教員生活を考えていたかもしれない。
大学受験で全てが決まるわけではないけれど、少なくとも、大学4年間の学びの環境の違いは、卒業直後の数年を変えると思う。卒業後の数十年すら変えるかもしれない。だからこそ後輩には大学受験を頑張って欲しいし、可能なら全員第一志望に行ってほしいとも思う。
タラレバ論のその先に
でもそう思うと同時に、『タラレバ論』など意味がないと思っている自分もいる。たとえどのような結果であれ、その環境でしかできないことは必ず存在し、どこでもできることも必ず存在する。
自分が ”やりたい!” と思っていることがどちらなのか、その見極めは重要だろう。僕の場合は、山梨県で教員になるためには、教員免許さえ取れればよかった。極端に言えば、その条件さえ満たせばどの大学でも良かったのかもしれない。だが、山梨県の教員採用試験対策が最も充実しているのは、おそらく今居る山梨大学。それは山梨というこの環境だからこそのものだろう。
では今やっている、大学外での活動(大学生図鑑、学生団体Catalyst、梨っ子掲示板)は今の環境でなければできなかったのか。
答えは ”否” だろう。
確かに ”山梨だから~” は少なからずあるだろう。でも、対象とする学生、地域が変わるだけで、自身の行動の根源となる『想いの核』は変わらないだろう。つまり、山梨でなくてもできたことなんだと思う。
『進路』や『受験』、『キャリア』などと言われると、取り返しがつかなかったり、別の道では無理であるかのように考えがちなのかもしれない。
でも現実はそうではない。
昔、 ”置かれた場所で咲きなさい” と耳にした記憶があるが、本当にそのとおりだとも思う。行った先で、できることをやる。でもそれは、自分の ”やりたい!” の実現にベストな場所へのチャレンジを妥協して良いという意味ではなくて。第一でも第二でも、自分の想いの実現に近づけるなら、全力で走りきって欲しい。今回の母校での講演が、少しでも彼らの人生の糧になってくれたら、とても嬉しい。
一人でも多くの後輩が、自分の夢に一歩でも近づけることを心から祈っています。